食ひそこなつた僕 山之口貘
食ひそこなつた僕
僕は、何を食ひそこなつたのか!
親兄弟を食ひつぶしたのである
女を食ひ倒したのである
僕をまるのみしたのである
どうせ生きたい僕なんだから何を食つても生きるんだが
食へば何を食つても足りないのか
いまでは空に脊を向けて
物理の世界に住んでゐる
泥にまみれた地球をかじつてゐる
地球を食つても足りなくなつたらそのときは
風や年の類でもなめながら
ひとり、 宇宙に居のこるつもりでゐるんだよ
[やぶちゃん注:【2014年6月14日追記:ミス・タイプを補正し、思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証により注を附した】初出は昭和一〇(一九三五)年九月号『行動』(紀伊国屋出版部発行)に後の「光線」と同時掲載され、二年後の一九三七年十月八日附『琉球新報』に『山之口バク詩集より』として再掲されているが、この時未だ処女詩集「思辨の苑」は刊行されていないから、これは未刊詩集からという謂いになる(同詩集の刊行は翌一九三八年八月)。「定本 山之口貘詩集」では、
食ひそこなつた僕
僕は、何を食ひそこなつたのか!
親兄弟を食ひつぶしたのである
女を食ひ倒したのである
僕をまるのみしたのである
どうせ生きたい僕なんだから何を食つても生きるんだが
食へば何を食つても足りないのか
いまでは空に脊を向けて
物理の世界に住んでゐる
泥にまみれた地球をかじつてゐる
地球を食つても足りなくなつたらそのときは
風や年の類でもなめながら
ひとり 宇宙に居のこるつもりでゐるんだよ
と、第一連と第二連が繋がって、最終行の読点が除去されている。【二〇二四年十月十八日追記・改稿】国立国会図書館デジタルコレクションの山之口貘「詩集 思辨の苑」(昭一三(一九三八)年八月一日むらさき出版部刊・初版)を用いて(当該部はここから)、正規表現に訂正した。]