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2014/02/16

篠原鳳作句集 昭和六(一九三一)年四月

大兵におはしますなる寢釋迦哉

 

大兵におはし給ふなる寢釋迦かな

 

[やぶちゃん注:前者が『不知火』昭和六(一九三一)年四月発表の、後者が『天の川』同年九月発表の句形。一読、語としての自然さからみれば前者でよいと思うのであるが、敢えて特異な語でしかも字余りを狙った鳳作には相応の確信犯である。確かに前者は寝釈迦の「大兵」肥満の像が如何にもスマートに小さくなってしまい、後者ではその諧謔性と同時にその肥満ぶりが画面をはみ出る。]

 

豐かなる乳見え給ふ寢釋迦哉

 

ゆたかなる乳見え給ふ寢釋迦かな

 

[やぶちゃん注:前者が『不知火』昭和六(一九三一)年四月発表の、後者が『天の川』同年九月発表の句形。]

 

麗はしの朱ヶのしとねの寢釋迦哉

 

涅槃像双樹の花のこぼれたれ

 

[やぶちゃん注:ここに底本では次の五月のパートに後掲する「くまもなき望の光の寢釋迦哉」という同じ嘱目吟が入る。]

 

探梅行裏御門より許さるる

 

正月も常のはだしや琉球女

 

春泥やうちかけ着たる琉球女

 

[やぶちゃん注:前者は四月発行の『泉』、後者は同じく四月の『京鹿子』の発表句である。この二句、顕在的な琉球での最初の嘱目吟として記念すべきもので、わざと「正月」と「はだし」、「春泥」と「うちかけ」を衝突させ(後者は語彙としては必ずしも対極にないが、この打掛けはどう考えても薄い(本土なら夏用の)ものである)、そこに「琉球女」という強烈な南洋イメージを配する辺り、まさに私には鳳作の高らかな無季俳句の宣言句のように思われてならない。]

 

蝌蚪一つ影先立てて泳ぎくる

 

春潮や生簀曳きゆくポツポ船


[やぶちゃん注:前田霧人鳳作の季節(沖積舎平成一八(二〇〇六)年刊。リンク先はPDFファイルの全文)によれば、この句は『昭和六年四月に大阪毎日、東京日日両新聞社主催の虚子選「日本新名勝俳句」募集、海岸の部「錦江湾」で銀牌賞に入選したものである。この催しは、杉田久女が「谺して山ほととぎすほしいまま」の句で帝国風景院賞を受賞したことでも有名な俳句の一大イベントである。彼は余程嬉しかったのか、鹿児島から肌身離さず持って来た「俳句手記」の中表紙にその新聞記事切り抜きを貼り付け、自分の句に赤枠を付けている』とある。この前田氏の評論は鳳作の事蹟を極めて実証的に検証されており、優れた評論である。是非、御一読あれ。]



風鈴や灯りそめたる櫻島

 

熔岩の空を流るる蜻蛉かな

 

秋晴の熔岩(ラバ)につきたる渡舟かな

 

[やぶちゃん注:「溶岩(ラバ)」の「ラバ」は日本語ではない。火山国イタリアの「流れ」という意味のイタリア語“lava”に基づき、溶岩流及び流出後に固まった溶岩などを指す語である。「渡舟」は「としふ(としゅう)」と読んでいるとしか思われない。]

 

名月や海に横たふ熔岩(ラバ)の島

 

小春日や雲の影這ふ櫻島

 

熔岩に立ちたる虹の靑さかな

 

[やぶちゃん注:「春潮や」からここまでの七句は四月刊の『日本新名所俳句』の掲載句。

 ここまで、改稿の二句を除き、同年四月発表の句。]

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