篠原鳳作句集 昭和六(一九三一)年九月
毒蛇
沖繩にはハブ捕りを先祖代々より
の家業としてゐる者があり、方言
にて「ハブトヤー」と称してゐま
す。砂や石垣を嗅ぎ歩いてハブの
所在を知り多くは是を手捕りにし
ます。鎌首を捉へるのです。簡単
な罠にかけて捕る場合もあります。
捉へたハブは一しごきすると死に
ます。
炎天に笠もかむらず毒蛇とり
炎天や笠もかむらず毒蛇とり
[やぶちゃん注:前者は九月の『泉』発表句形、後者は昭和八(一九三三)年前後に自身が編んだ作品集「雲彦沖繩句輯」(公刊されたものではない)に載る句形。]
手捕つたるハブを阿呍の一しごき
飴伸ばす如くにハブをしごきける
[やぶちゃん注:「ハブトヤー」の文字列では検索で捕捉出来ない(これが本土ならば祭儀主催者を意味する「頭屋」や「当屋」を当てたくなるところだが無論違う)。沖縄方言で「家」は「やー」で「ト」は「捕る」の意か。「本家」を「むーとやー」「うふやー」と呼ぶが、もしかすると「ハブ(捕りの)本家」で「はぶむーとやー」が約されたもののような気もした。沖縄方言にお詳しい方の御教授を乞うものである。なお、「嗅ぎ歩いてハブの所在を知」るとあるが、実際のハブの体表は人間の嗅覚上はほぼ無臭に近い。ではこのハブ捕り職人は何を嗅ぎ分けているのかといえば、恐らくはヘビ類一般が持つところの尾の基部にある一対の臭腺からの臭いを嗅いでいるものと思われる。沖縄県の配布しているハブについての文書「ハブはこんな動物」によれば、この臭腺の内部に強い臭いを持った褐色の液体が入っていて、人が摑んだりするとこの液体を霧状に噴出させることがあり、種によって多少の差があるものの、キナ臭い匂いに近いもので、手などに附着するとなかなか落ちないとある(これは他個体に対して外敵からの攻撃の危険を知らせる効果があるという説がある)。]
我が宿
この島の乏しき菖蒲葺きにけり
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「菖蒲葺きにけり」は一般には「あやめふきにけり」(但し、「菖蒲」はそのまま「しやうぶ(しょうぶ)」と読んでも構わない)と読んで端午の節句の行事として前の夜から軒に菖蒲(しょうぶ)をさす行事をいう。邪気を払い家を火災から防ぐとされる。]
濱木綿や礁に伏せある獨木舟
[やぶちゃん注:「礁」は音「せう(しょう)」であるが、それでは如何にもである。私は「いは」と読みたくなる。また言わずもがな乍ら、「獨木舟」は「まるきぶね」と読む。]
干されある藻の金色や紫や
[やぶちゃん注:例えば心太や寒天の材料になる紅色植物門紅藻綱テングサ目テングサ科 Gelidiaceae に属するテングサ類(「テングサ」とは一種の名称ではなく、そうした材料となるテングサ藻類の総称である。テングサ属マクサ
Gelidium crinale を代表種として、他にも同テングサ属のオオブサ Gelidium pacificum・キヌクサ Gelidium linoides・オニクサ Gelidium japonicum・ヒラクサ属のヒラクサ
Ptilophora subcostata・オバクサ属のオバクサ
Pterocladiella tenuis・ユイキリ属ユイキリ
Acanthopeltis japonica 等多様の種を含む)は概ね採取時には種によって強い濃淡の違いがあるものの全般に赤紫色を呈しているが、海岸で天日干しと何度もの水洗い作業を繰り返すことによって黄色い飴色(金色)に変じてゆく。]
那覇の廓
港より見えて廓の土用干
[やぶちゃん注:実に色彩鮮烈な諧謔に富んだ洒落た句である。]
芭蕉林ゆけば機音ありにけり
玉卷ける芭蕉を活けてありにけり
短夜守宮しば鳴く天井かな
破れなき芭蕉若葉の靜けさよ
榕蔭の晝寢翁は毒蛇捕り
[やぶちゃん注:「榕蔭」は「よういん」又は「ゆういん」で、「榕」は半常緑高木であるイラクサ目クワ科イチジク属
Ficus superba 変種アコウFicus
superba var. japonica
を指す。ウィキの「アコウ」によれば、漢字では「榕」「赤榕」「赤秀」「雀榕」などと表記し、国内では紀伊半島及び山口県・四国南部・九州・南西諸島などの温暖な地方に自生する。樹高は約一〇~二〇メートル、樹皮は木目細かい。幹は分岐が多く、枝や幹から多数の気根を垂らして岩や露頭などに張りつく。新芽は成長するにつれて色が赤などに変化して美しい。葉は互生し、やや細長い楕円形で滑らかで光沢はあまりなく、やや大ぶりで約一〇~一五センチメートル程。年に数回、新芽を出す前に短期間落葉する。但し、その時期は一定でなく同じ個体でも枝ごとに時期が異なる場合もある。五月頃にイチジクに似た形状の小型の隠頭花序を幹や枝から直接出た短い柄に付ける。果実は熟すと食用になる。『琉球諸島では、他の植物が生育しにくい石灰岩地の岩場や露頭に、気根を利用して着生し生育している』とある。]
ハブ捕にお茶たまはるやお城番
ハブ捕の嗅ぎ移りゆく岩根かな
ハブ踊る罠ひつ提げて去りにけり
ハブ穴にまぎれもあらぬ匂かな
兩側に甘蔗の市たつ埠頭哉
[やぶちゃん注:以上十八句は九月の創作・発表句。]