耳嚢 巻之八 淨土にていふ七夕の事【漢土にていふ七夕の事】
淨土にていふ七夕の事【漢土にていふ七夕の事】
南アメリカ洲の中に、アマサウネンといふ所あり。アマサウネンにて天河(あまのかは)といふ事なりとぞ。此山に女ばかりすむ所あり、一年に一度づつ男に逢ふと云(いふ)。其外の時に男來れば、竹鎗を以て防(ふせぎ)ていれずと云。是淨土【漢土】にいひ傳へし七夕の事ならんかと、人の語りぬ。紅毛通詞(こうもうつうじ)物語りの由、崎陽へ至りし人の語りぬ。
□やぶちゃん注
○前項連関:特になし。題名で引っかかり、内容を読んでそのトンデモさ加減に呆然とするのだが、これ、やはり「淨土」というのは如何にも通じぬ。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版は以上の【 】で示した通り、「漢土」で腑に落ちる(落ちるが全体のトンデモ性に変わりはないが)。今回のみ以上のような本文表示を行い、訳は「漢土」を採った。
・「アマサウネン」ギリシア神話に登場する女性だけの部族アマゾーン(Amazōn)又はアマゾニス(Amazonis)。日本では長音記号を省略してアマゾン(亜馬森)と呼ばれるが、この語はそれが由来となった地名などを指すのに使われて、それと呼び分けられて、この女族は専ら「アマゾネス」と呼称している。フランス語ではアマゾーヌ(Amazones)、ポルトガル語ではアマゾナス(Amazonas)、スペイン語ではアマソナス(Amazonas)という。参照したウィキの「アマゾーン」によれば、『神話上では軍神アレースとニュンペーのハルモニアーを祖とする部族で、当時のギリシア人にとっては北方の未開の地カウカソス、スキュティア、トラーキア北方などの黒海沿岸に住んでいた。黒海はかつてアマゾン海と呼ばれていたこともある。アマゾーンは黒海沿岸の他、アナトリア(小アジア)や北アフリカに住んでいた、実在した母系部族をギリシア人が誇張した姿と考えられている』。以下、神話上における描写。『アマゾーンは馬を飼い慣らし戦闘を得意とする狩猟民族だったと言われる。最初に馬を飼い慣らしたともいわれ、騎馬民族であったようだ。アマゾーンは弓の他に、槍や斧、スキタイ風の半月型の盾で武装した騎士として、ギリシア神話中多くの戦闘に参加している。後のヘレニズム時代にはディオニューソスもアマゾーン征伐の主人公となっている』。『基本的に女性のみで構成された狩猟部族であり、子を産むときは他部族の男性の元に行き交わった。男児が生まれた場合は殺すか、障害を負わせて奴隷とするか、あるいは父親の元に引き渡し、女児のみを後継者として育てたという』。『絵画では、古くはスキタイ人風のレオタードのような民族衣装を着た異国人として描かれていたが、後代にはドーリア人風の片袖の無いキトンを着た姿で描かれるようになった』。『アマゾーンの語源は、弓などの武器を使う時に左の乳房が邪魔となることから切り落としたため、"a"(否定)+"mazos"(乳)=乳無しと呼ばれたことからとされるが、これは近年では民間語源であると考えられており』、伝承的には『すべてのアマゾーンが左乳房を切り落としていたわけではない』。『アマゾーン、アマゾネスは、強い女性を意味する言葉としてよく使われる。また、南アメリカのアマゾン川もその流域に女性のみの部族がいたという伝説があることからそう名付けられたとする説がある』とする。
・「紅毛通詞」「紅毛」は狭義には江戸時代にオランダ人を呼んだ語。ポルトガル人やスペイン人は「南蛮人」と呼んで区別して用いるられた。但し、町方にては広く西洋人のことを指した。しかしここは長崎の通詞であるから、オランダ通詞、オランダ人との通訳に当たる公職に就いていた者を指す。
■やぶちゃん現代語訳
漢の地に於いて呼称する「七夕(たなばた)」の真相についての事
南アメリカ州の中に「アマサウネン」という地方がある。
「アマサウネン」という語は――その響きからも分かるように――「天の河(アマノガハ)」という意味であるという。
この「アマサウネン」という山岳地域に、女ばかりが住んでおる所がある。
この女族は一年に一度だけ、下界の異人種の男と逢うという。
しかし、それ以外の時に男が「アマサウネン」に入らんとすると、竹槍を以って激しく防戦致いて、決して山内には立ち入らせぬと申す。
さても……これこそが……漢の地にて言い伝えており、しかも我が国にても祭っておるところの……かの「七夕」の正体……なのでは、なかろうか?……
……と、まあ……私の知れる御仁の語りで御座った。
何でも――オランダ通詞(つうじ)から聴いた話の由にて――長崎へ行ったことのある御仁の語って御座った話ではある。
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