萩原朔太郎「ソライロノハナ」より「若きウエルテルの煩ひ」(2)
紅棹に山吹流す小歌舟
君が醉歌に眠る春の川
小雨黄に垣木蓮に低うして
忍ぶに人の口疾(くちど)なる夜や
[やぶちゃん注:「垣木蓮」は原本では「桓木蓮」。少し迷ったが全集校訂本文を採った。「口疾」は形容詞ク活用の「口疾(くちと)し」で、返事や返歌の受け答えがす早いこと、または、もの言うさまが軽率だという謂いである。後者の意であろう。]
いさゝかは我と興ぜし歌も見き
いま寂寞にたえぬ野の路
[やぶちゃん注:「たえぬ」はママ。萩原朔太郎満十六歳の時の、『文庫』第二十三巻第六号(明治三六(一九〇三)年八月発行)に「上毛 萩原美棹」名義で掲載された七首の第四首、
いささかは我れと興ぜし花も見き今寂寞にたえぬ野の道
と分かち書きを除けば相同歌。]
何とてかの人の臆病なる
よれば戸に夢たゆたげの香ひあり
泣きたる人の宵にありきや
[やぶちゃん注:同じく『文庫』第二十三巻第六号(明治三六(一九〇三)年八月発行)に「上毛 萩原美棹」名義で掲載された七首の第二首、
よれば戸に夢たゆげたげの香ひあり泣きたる人の宵にありきや
と分かち書きを除けば相同歌。]
旅にいづる日
母や指をあしたかむなの百合の薰り
今宵枕の月にえたえぬ
[やぶちゃん注:「たえぬ」はママ。上句は、母が旅に出るその日に、「お前の癖の、朝の寝起きに指を嚙むのはいけないよ」と言ってくれた、その百合のような母の薫り、若しくはそれが現にある旅宿の百合の実際の薫りに導かれたという表現だろうか。識者の御教授を乞うものである。]
艷の名をたれや負はせし桃緋桃
ゆうべこの子に情もたぬ雨
[やぶちゃん注:「ゆうべ」はママ。「桃緋桃」は原本では「桃※桃」(「※」=「糸」+「兆」)。校訂本文を採った。]
雨細う情に春ゆく伏見途
京へ三里の傘おもからぬ
罪許せ臙脂(ゑんじ)梅花の緣(ゑにし)ふかき
別れなればの一夜の枕
[やぶちゃん注:読みの「ゑんじ」「ゑにし」はママ。]