橋本多佳子句集「海燕」昭和十四年 湖畔雜章
湖畔雜章1
霧昏れて落葉松(からまつ)にゐし吾よばる
いなづまに落葉松の幹たちならぶ
郭公は野の富士靑き夜を啼ける
寂しさの極みなし靑き螇蚸とぶ
[やぶちゃん注:「螇蚸」は通常通りの「ばつた(ばった)」と読んでいると採る。]
湖畔雜章2
熔岩野(らばの)來て秋風の中に身を置ける
秋空と熔岩野涯なし歩みゐる
熔岩の原薊を黑く咲かしむる
富士薊日輪に翳するものなし
熔岩の砂熱きを掬び掌をもるる
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「掬び」は「むすび」と読む。両手を合わせて(本来は水を)すくう・掬(きく)するの謂い。]
地を翔くる秋燕ひとりの道をかへる
[やぶちゃん注:両章ともに、前注の通り、避暑した山中湖畔の「ニューグランドロッヂ」滞在時の吟詠である。]