生物學講話 丘淺次郎 第十章 卵と精蟲 三 卵 (1)鶏卵
三 卵
[雞卵の斷面]
動物の卵の中で最もよく人の知つて居るのはいふまでもなく雞の卵である。それ故卵のことを述べるには、まづ雞の卵を手本として他のものをこれに比べるのが便利であらう。雞の卵は外面を石灰質の殼を被つて居るが、茹で卵の殼を剝いて見るとその下にはなほ二枚の極めて薄い膜があり、産まれて稍々時を經た卵であると、この二枚の薄い膜は卵の鈍端のところで少しく離れてその間に空氣を含んで居る。剝いた茹で卵の一方が凹んで居るのはそのためである。以上だけの皮に包まれた卵の内容は誰も知る通り白身と黄身
とであるが、黄身の表面にはまた一枚の透明な薄い膜がある。生の卵の黄身を箸で挾むと形の崩れるのはこの膜を破るによる。かく雞の卵にはさまざまの部分があるが、その中には是非なくてならぬ主要部と、たゞこれを包み保護するための附屬部との區別がある。
まづ卵は如何にして生ずるかを見るに、牝雞の腹を切り開いて腸などを取り去ると、正面の背骨の側に粒の揃はぬ小球が多數多集まつた恰も葡萄の房の如き器官があるが、これが卵巣であつて、ここではたゞ卵の黄身だけが出來る。葡萄の粒の如くに見えるものは後に一つづつ卵の黄身となるものである。また卵巣の傍から始まつて、肛門の内側まで達する婉曲した太い管は輸卵管であって、卵巣を離れた黄身はこの管を通過する間に、その壁から分泌した白身によつて包まれる。かくして白身と黄身との揃つた卵は輸卵管の出口に近い太いところまで來て暫く留まるが、その間に石灰質の殼が附け加へられ、初めて完全な卵となつて産み出されるのである。