旅行 萩原朔太郎
●旅行
旅行の實の楽しさは、旅の中にもなく後にもない。ただ旅に出ようと思つた時の、海風のやうに吹いてくる氣持ちにある。
旅行は一の熱情である。戀や結婚と同じやうに、出發の前に荷造りされてる、人生の妄想に充ちた鞄である。
[やぶちゃん注:昭和四(一九二九)年十月第一書房刊のアフォリズム集「虚妄の正義」の「孤独と社交」より。朔太郎らしい感懐である。そしてそれは私の愛してやまない三木清の「旅について」の旅に人生を見る「旅」の思索の核心を確かにつらまえてる。]