篠原鳳作句集 昭和六(一九三一)年六月
旅籠住居二句
部屋毎にある蛇皮線や蚊火の宿
蛇皮線と籠の枕とあるばかり
[やぶちゃん注:「蛇皮線」は「じやびせん(じゃびせん)」で、胴に蛇の皮を張るところから沖繩の三線(さんしん)の本土での俗称である(室町末に本土に伝わって改造されたものが三味線である)。沖繩フリークの私としては「さんしん」と読みたくなるが、であれば鳳作は「さんしん」とルビを振るはずであるから、ここは「じやびせん」である。「蚊火」は「かび」又は「かひ」で蚊やり火のこと。「毎(ごと)」「じやびせん」の濁音を意識するなら「かび」と濁りたい。年譜によれば宮古中学校に赴任した鳳作は暫くの間、張水港(これは平良港のことであろう。平良字西里には琉球の信仰の中で祭祀などを行う大切な聖域である張水御嶽(ぴゃるみずうたき)がある)近くの一心旅館に暫くいて、後に同じ西里の玉家旅館に移って、昭和七(一九三二)年秋頃まではこの旅館に住んだとあるが、孰れの旅館を詠んだものかは特定出来ない。また、孰れの旅館も現存しない模様である。ただ、前田霧人氏の「鳳作の季節」(沖積舎平成一八(二〇〇六)年刊。リンク先はPDFファイルの全文)にある鳳作の教え子の喜納虹人のお書きになられた「雲彦と宮古島」(『傘火』昭和十二年四月号)の引用の中に、玉家旅館の鳳作の思い出が出、『この宿の主人は琴の師匠で、何曜かに、一回、下の方で謡(うたい)の会が開かれて蛇皮線(じゃびせん)と琴でうたい出す事がよくあった。その時は『やかましくてやりきれん』とぷいと外に出られる時もあった』とある。]
炎天や女も驢馬に男騎(の)り
うちかけを着たる遊女や螢狩
[やぶちゃん注:「螢」は底本の用字。このホタルは甲虫(コウチュウ)目ホタル科マドボタル属Pyrocoeliaの、宮古島で分化したミヤコマドボタル
Pyrocoelia miyako Nakane であると思われる。宮古列島(宮古島・下地島・伊良部島・来間島・池間島)にのみ生息する固有種で、成虫のみならず幼虫も発光する。「東京ゲンジボタル研究所」古河義仁氏のブログ「ホタルの独り言」の「ミヤコマドボタル」を参照されたい。]
島の春龍舌蘭の花高し
[やぶちゃん注:クサスギカズラ目クサスギカズラ科リュウゼツラン亜科リュウゼツラン属 Agave の仲間で百種以上ある。]
花椰子に蜑が伏屋の網代垣
[やぶちゃん注:「花椰子」単子葉植物綱ヤシ目ヤシ科シュロ属
Trachycarpus のワジュロ(和棕櫚)Trachycarpus fortunei かトウジュロ(唐棕櫚)Trachycarpus wagnerianu(ワジュロと同種とする説もあり、その場合はワジュロの学名となる)の花であろう。雌雄異株で稀に雌雄同株も存在する。雌株は五~六月に葉の間から花枝を伸ばし、微細な粒状の黄色い花を密集して咲かせる(果実は十一~十二月頃に黒く熟す。ここまではウィキの「シュロ」に拠る)。「蜑」は「あま」と読んで海人・漁師の意、「伏屋」は「ふせや」で屋根の低い小さなみすぼらしい家の謂い。「網代垣」は「あじろがき」で細い竹や割り竹を網代形に組んで作った垣根のこと。]
旧正月
廻禮も跣足のままや琉球女
[やぶちゃん注:「廻禮」は「くわいれい(かいれい)」で新年の挨拶回りのこと。
ここまでの七句は六月の発表句。]
« 生物學講話 丘淺次郎 第十章 卵と精蟲 三 卵 (5) 卵の大小多少の利害得失について / 三 卵~了 | トップページ | 僕のヌード »