萩原朔太郎 あひゞき 短歌五首 大正二(一九一三)年十月
あひゞき
夢みるひと
あいりすのにほひぶくろの身(み)にしみて忘(わす)れかねたる夜(よる)のあひゞき
しなだれてはにかみぐさも物(もの)は言(い)へこのもかのものあひゞきのそら
夏(なつ)くれば君(きみ)が矢車(やぐるま)みづいろの浴衣(ゆかた)の肩(かた)ににほふ新月(にひづき)
なにを蒔(ま)く姬(ひめ)ひぐるまの種(たね)を蒔(ま)く君(きみ)を思(おも)へと淚(なみだ)してまく
いかばかり芥子(けし)の花(はな)びら指(ゆび)さきに泌(し)みて光(ひか)るがさびしかるらむ
(一九一三、四)
[やぶちゃん注:大正二(一九一三)年十月二日附『上毛新聞』に標記通り、「夢みるひと」名義で掲載された五首連作。朔太郎満二十六歳。太字「あいりす」は底本では傍点「ヽ」。
「あいりす」は単子葉植物綱キジカクシ目アヤメ科アヤメ属 Iris の総称。ハナショウブが根や茎に香りを持つのに対し、アヤメは花から清潔感のある香りを放つ。特にイタリア産アイリスの花はその非常に良い香り立ちから香料として人気が高い(香料通販会社の記載を参考にした)。
第四首目は同年四月の『朱欒』投稿の、
なにを蒔くひめひぐるまの種を蒔く君を思へと淚してまく
の標記違いの同一首。]