水に 嘆く 八木重吉
みづに なげく ゆふべ
なみも
すすり 哭く、あわれ そが
ながき 髮
砂に まつわる
わが ひくく うたへば
しづむ 陽
いたいたしく ながる
手 ふれなば
血 ながれん
きみ むねを やむ
きみが 唇(くち)
いとど 哀しからん
きみが まみ
うちふるわん
みなと、ふえ とほ鳴れば
かなしき 巷
茅渟(ちぬ)の みづ
とも なりて、あれ
とぶは なぞ、
魚か、さあれ
しづけき うみ
わが もだせば
みづ 滿々と みちく
あまりに
さぶし
[やぶちゃん注:「巷」後続の諸本は「港」とする。本連冒頭の「みなと」や「茅渟」(次注参照)からもただの誤植と断じてもよいとは思われるのであるが、最初に「みなと」と平仮名表記しておいて、次行で「港」とする奇異さ(但し、標題と第一連一行目ではその逆の表記が行われてある)、逆にここが「巷」であっても意味は少しも奇異に感じられないという点から、私は敢えてママとした。
「茅渟」大阪府和泉地方の古名で「血沼」「血渟」「珍努」「珍」「千沼」などとも書かれる。律令制下の和泉国和泉郡とその周辺部をも含んだ地域名で、一応、現在の大阪湾東部の堺市から岸和田市を経て泉南郡に至る一帯(かつて白砂青松の景勝地として知られた高石市の高師(たかし)の浦(浜)を含む)と推定されている(正確な範囲は不明)。但し、同地域が面している海を「チヌの海」と称し、ここはそれを指している。ここには現在、大きな「港」としては境泉北港と旧高師の浜であった場所を挟んで南西にある阪南港の二つがある。]