大和本草卷之十四 水蟲 蟲之上 水蛭
水蛭〔音質〕人ノ血ヲ吸フ蟲ナリ小アリ大アリ鹽ヲオソル夏月
澤水ニ多シ妄ニ澤水ヲノムヘカラスアラメヲ煮テ雨水ヲソヽ
ケハ大蛭トナル女ノ髮ヲ水ニ久シクツケヲケハ變シテ赤キ小
蛭トナル黑キモアリ蟹ヲクタキフキノ葉ニツヽミ水ニツケヲケ
ハヤカテ蛭トナル又蛭ノ黑燒雨ニウルホヘハ百千ノ蛭ニ變スト
云〇草蛭ヲ國俗山ヒルト云本草水蛭條下ニアリ深山ニ
アリ山中ヲ行ニ林木ノ枝ヨリ人ニヲチカヽル事アリ故ニ笠ヲ
キテ山行ス又本草辰砂附方水蛭瘡毒ノ事アリ水蛭
古木ノ上ニ生ス人其下ヲ過レハ落テ人ノ體ニツキテ即瘡
トナル久ケレハ遍體朱砂麝香ヲヌレハ癒又本草水蛭ノ
集解ニ續博物志ヲ引テ此事ヲ云ヘリ又曰此即草蛭
也
水蛭[やぶちゃん注:「蛭」の右に「ヒツ」、「水蛭」の左に「ヒル」とルビを振る。]〔音、「質」〕。人の血を吸ふ蟲なり。小あり、大あり。鹽をおそる。夏月、澤水に多し。妄りに水をのむべからず。アラメを煮て、雨水をそゝげば、大蛭となる。女の髮を水に久しくつけをけば、變じて赤き小蛭となる。黑きもあり。蟹をくだき、フキの葉につゝみ、水につけをけば、やがて蛭となる。又、蛭の黑燒、雨にうるほへば、百千の蛭に變ずと云ふ。草蛭を國俗、「山ひる」と云ふ。「本草」〔の〕「水蛭」條下にあり、『深山にあり。山中を行くに林木の枝より人にをちかゝる事あり。故に笠をきて山行す。』〔と〕。又、「本草」「辰砂」〔の〕「附方」〔に〕「水蛭瘡毒」の事あり、『水蛭古木の上に生ず。人、其の下を過ぐれば落ちて人の體につきて即ち、瘡となる。久しければ、體に遍(〔あまね〕)し。朱砂・麝香をぬれば癒ゆ。』〔と〕。又、「本草」「水蛭」〔の〕「集解」に「續博物志」を引きて此の事を云へり。又、曰く、『此れ即ち草蛭なり。』〔と。〕
[やぶちゃん注:「水蛭」は環形動物門ヒル綱顎ビル目ヒルド科チスイビル Hirudo nipponia を指すと考えてよいが、本文は明らかにヒル綱 Hirudinea に属するヒル類(特に吸血性ヒル類)全般をごった煮のように記しており、途中にある「木蛭」というのは「草蛭」「山びる」というのは顎ヒル目ヒルド科ヤマビル
Haemadipsa zeylanica
japonica を指している。しかもその記載は噴飯ものの化生説を多く含み、信頼するに足らない。
『「本草」の「水蛭」條下に……』「本草綱目 蟲之二」「水蛭」の項の「集解」の中に、
其草蛭在深山草上、人行即著脛股、不覺入於肉中、産育爲害、山人自有療法。
とある部分の前半を指す。
『「本草」「辰砂」の「附方」に「水蛭瘡毒」の事あり……』「本草綱目 金石之三」の「丹砂」の項の「附方」の最後の方に、
木蛭瘡毒、南方多雨、有物曰木蛭、大類鼻涕、生於枯木之上、聞人氣則閃閃而動。人過其下、墮人體間、即立成瘡、久則遍體。惟以朱砂、麝香塗之、即愈。(張杲「醫説」)
とあるのを引いている。
『「本草」「水蛭」の「集解」に「續博物志」を引きて此の事を云へり。又、曰く、『此れ即ち草蛭なり。』と。』「本草綱目 蟲之二」「水蛭」の項の「集解」の最後に、
時珍曰、「李石「續博物志」云、『南方水痴似鼻涕、聞人氣閃閃而動、就人體成瘡、惟以麝香、朱砂塗之即愈。此即草蛭也。』」。
とあるのに基づく。「續博物志」は晋の張華の「博物志」に倣って宋代に李石が著わした地誌博物書。]