萩原朔太郎「ソライロノハナ」より「若きウエルテルの煩ひ」(7)
振り袖の桔梗の花の色のよき
なづかしひとゝ涙もよほす
[やぶちゃん注:ちょっと迷ったが「なづかし」はママとした。朔太郎満十九歳の時の、前橋中学校校友会雑誌『坂東太郎』第四十三号(明治三八(一九〇五)年十二月発行)に「萩原美棹」の筆名で所収された「ろべりや」七首連作の三首目に、
振袖(ふりそで)の桔梗(きゝやう)の花の色(いろ)のよきなつかし人(びと)と涙もよほす
とはある。]
夏ばなの趣ある小家の人なれば
面影に似し戀もする哉
[やぶちゃん注:同じく朔太郎満十九歳の時の、前橋中学校校友会雑誌『坂東太郎』第四十三号(明治三八(一九〇五)年十二月発行)に「萩原美棹」の筆名で所収された「ろべりや」七首連作の三首目に、
夏花(なつばな)に趣(しゆ)ある小家(こいへ)の人なれば面影(おもかげ)に似し戀もする哉
の類型歌。]
鬼どもが笑ふ聲にて戰爭(たゝかひ)は
終りぬ勝ちぬ民よ悦べ
からくりに見たる地獄の叫喚が
待ち居るものと思ふ可笑しさ
[やぶちゃん注:「地獄」の「獄」は原本では「獄」の上に(くさかんむり)が附く字。朔太郎満十九歳の時の、前橋中学校校友会雑誌『坂東太郎』第四十三号(明治三八(一九〇五)年十二月発行)に「萩原美棹」の筆名で所収された(前に注した「ろべりや」連作の後の歌群)にある、
からくりに見(み)たる地獄(ぢごく)の叫喚(けいかん)が待(ま)ち居(ゐ)るものと思(おも)ふ可笑(をか)しさ
の表記違いの相同歌。]
願はくば我なるものを五人(いつたり)に
十人(とたり)になして笑ひ代さむ
[やぶちゃん注:校訂本文は「代さむ」を「交さむ」と訂する。]
たゞ一人座すれば淋し天地が
われのくびきにかゝる苦しみ
よろこびは千夜に一夜
たまたまの逢瀨を何なれば更かし給はぬ
あはたゞしの別れ、せちなの君かな
あはたゞし燃ゆる熖の火ぐるまを
忘れて去にしつらき君かな
[やぶちゃん注:前書の「たまたま」の後半は原本では踊り字「〱」、「あはたゞし」はママ、本文の「あはたゞし」もママ。「燃ゆる」は原本は「燒ゆる」であるが、誤字と断じて校訂本文を採った。朔太郎満十八歳の時の、『白虹』第一巻第四号(明治三八(一九〇五)年四月発行)の「小鼓」欄に掲載された五首の巻頭の、
あはた〻し燃ゆる災の火車を忘れていにしつらき君かな
(「災」はママ。誤植と思われる)があるが、前書はない。]
君まつと一日は樂し君を戀ふと
千夜は果敢なき夢みてしがな