橋本多佳子句集「海燕」 昭和十三年
昭和十三年
果樹園
二月
農婦マヤわが泊つる夜の炉を焚きに
くちそそぐ花枇杷鬱として匂ひ
洗面器ゆげたち凍てし地に置かれ
農婦の瞳霜の大地のひかりあふれ
六月
地の籠に枇杷採りあふれなほ運ばる
枇杷のもと農婦とあつき枇杷すする
栗の花日に熟れ草に農婦等と
草に寢て栗の照花額にする
[やぶちゃん注:栗の花の匂いには、男性の前立腺から分泌するスペルミンC10H26N4というポリアミンが含まれている。栗の花はしばしば精液の匂いと同じだとされる。私に高校生の時、このことをちょっとはにかんだ笑顔で教えてくれたのは、理科の先生でも、ませた友人でも、なかった。私の母であった。]