飯田蛇笏 靈芝 大正六年(二十五句)
大正六年(二十五句)
臼音も大嶺こたふ彌生かな
戀ざめの詩文つゞりて彌生人
還俗の咎なき旅や花曇り
雪解や渡舟に馬のおとなしき
大黑坂昌應寺、一句
ゆく春や僧に鳥啼く雲の中
[やぶちゃん注:「大黑坂」は現在の山梨県笛吹市境川町大黒坂と思われるが、「昌應寺」は恐らく同所にある甲斐百八霊場第四十四番臨済宗長国山聖応寺の誤りと思われる。]
梅若忌日も暮れがちの鼓かな
[やぶちゃん注:「梅若忌」は一般には「うめわかき」と読む。謡曲「隅田川」中の悲劇の少年梅若丸(北朝頃の京は北白川の吉田少将惟房の子であったが人買いに攫われて東国に下るも隅田川辺で病死した)の忌日とされる陰暦三月十五日(現在は四月十五日)に現在の東京都墨田区にある梅若丸由縁の天台宗梅柳山木母寺で修される。春の季語。]
屠所遠く見る吊り橋や竹の秋
山ノ神祭典、一句
いにしへも火による神や山櫻
三伏の月の穢に鳴く荒鵜かな
[やぶちゃん注:「三伏」は「さんぷく」と読み、夏の最も暑い時期のこと。夏至後の第三の庚(かのえ)の日を「初伏」とし、第四のそれを「中伏」、立秋後の最初のそれを「末伏」と呼んでその三つを合わせていう語。]
笛ふいて夜凉にたへぬ盲かな
ながれ藻にみよし影澄む鵜舟かな
蚊の聲や夜深くのぞく掛け鏡
浮き草に間引きすてたる箒かな
流水にたれて蟻ゐる苺かな
日向葵に鑛山(やま)びとの着る派手浴衣
秋の晝ねむらじとねし疊かな
酒坐遠く灘の巨濤も秋日かな
森低くとゞまる月や秋の幮
[やぶちゃん注:「幮」は既出。「かや」と読む。]
灯ともして妻の瞳黑し秋の幮
[やぶちゃん注:「瞳」は「め」と読んでいる。「山廬集」に、
灯して妻の眼黑し秋の幮
とある。]
寢てすぐに遠くよぶ婢や秋の幮
山蟻の雨にもゐるや女郎花
[やぶちゃん注:「山廬集」には、
山蟻の雨にもゐるやをみなへし
と載る。]
芋の葉や孔子の教今も尚
[やぶちゃん注:句意不通。これはこの句が詠まれた村の名であるとか若しくは特定の風習と関わるか。識者の御教授を乞うものである。]
かりくらや孟春隣る月の暈
月入れば北斗をめぐる千鳥かな
龍安寺法會
月明に高張たちぬ萩のつゆ
[やぶちゃん注:「高張」長い竿の先につけて高く掲げる高張提灯(たかはりぢょうちん)のことか。]
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