敎會の處女 山之口貘
敎會の處女
禁欲すると欲は胸に溜るのか
咽喉までいつぱい欲がつかへてゐるかのやう
苦しさうな
マリアです
けれども彼女は每日祈つてゐます
おめぐみによりましてなんとかかんとかと祈りつゞけてゐるのです
なんの祈りをあげてゐるのか
彼女のぐるりに立ちのぼる
噂々にきくところ
ある男とある女がある所であれだつた と言ふのです
むろんその女にをつとなんかあるもんですか と言ふのです
風に孕んだマリアをおもひつめては
風は彼女にだつて吹いて來るのです
[やぶちゃん注:初出は昭和一〇(一九三五)年一月発行の『日本詩』で、総標題を「天」として前の「天」・本詩、前の「生活の柄」・「妹におくる手紙」・「無題」の順で五篇を掲載している。後の昭和一三(一九三八)年八月二十五日附『日本読書新聞』に再掲された。
旧全集校異では原書房刊「定本 山之口貘詩集」では、一行目の「欲」が「慾」と改字されて、
禁慾すると慾は胸に溜るのか
とあるが、思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」では「欲」になっている。不審である。「欲」は「慾」の書き換え字であって正字・新字の関係ではないし、そもそも新全集は「定本 山之口貘詩集」を底本としているはずだからである。
【二〇二四年十一月二日追記・改稿】国立国会図書館デジタルコレクションの山之口貘「詩集 思辨の苑」(昭一三(一九三八)年八月一日むらさき出版部刊・初版)を用いて(当該部はここ)、正規表現に訂正した。]