山之口貘詩集「鮪に鰯」電子化始動 / 野次馬
鮪に鰯
[やぶちゃん注:【2014年6月26日追記:本記事全体に複数の誤りを発見したため、訂正「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」との対比検証に入るためにこの注を大幅に改稿した。】山之口貘の実質的な戦後の新詩集で同時に遺稿詩集となった「鮪に鰯」は昭和三九(一九六四)年十二月一日原書房から出版された。
なお、注に示した初出誌データは先と同じく、思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」の松下博文氏の解題データに基づく。また新全集では「鮪に鰯」に限っては清書原稿の残っているものはそれを正規本文テクストとして採用しているため、驚くような違いがある。それは注で示すこととした。現在、この対比検証作業は過去のブログ公開記事を訂正する形で随時進行中である。この記事以降で対比検証を行ったその旨の明記が注にないものは未だそれを行っていないことを示すので注意されたい。
バクさんはこの前年の昭和三八(一九六三)年七月十九日、新宿区戸塚の大同病院にて胃癌のため永眠していた。全百二十六篇、「山之口貘詩集」とダブる詩は一篇も含まれていない。詩集冒頭には『日本のはえぬきの詩人と言えば、萩原朔太郎、それ以後は、貘さんだろう』と末尾に綴る金子光晴の「小序」(クレジットなし)、掉尾には『1964・11』のクレジットを持つ当時二十であった娘山口泉(バクさんの愛称はミミコ)さんの「後記にかえて」が載るが、孰れも著作権が存続しているため省略する。しかし特に、泉さんの三連からなるそれは関係者への謝辞が過半の短いものながら、非常に胸打たれるものである。ここではその第二連のみを引用し、その詩的な愛の香気をお伝えしておきたい。――]
『空が青くきらきら溢れています。冬に向かって歩いている寒さを今朝はふと忘れます。』
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野次馬
これはおどろいたこの家にも
テレビがあったのかいと来たのだが
食うのがやっとの家にだって
テレビはあって結構じゃないかと言うと
貰ったのかいそれとも
買ったのかいと首をかしげるのだ
どちらにしても勝手じゃないかと言うと
買ったのではないだろう
貰ったのだろうと言うわけなのだが
いかにもそれは真実その通りなのだが
おしつけられては腹立たしくて
余計なお世話をするものだと言うと
またしてもどこ吹く風なのか
まさかこれではあるまいと来て
物を摑むしぐさをしてみせるのだ
[やぶちゃん注:【2014年6月26日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証した際、ミス・タイプを発見、本文を訂正、さらに注を全面改稿した。】初出は昭和三八(一九六三)年四月号『地上』。『地上』は元農林水産省所管で現在は全国農業協同組合中央会が組織する農協グループ総合農協(JA)の出版・文化事業を営む団体「一般社団法人 家の光協会」の発行する雑誌の一つ。しばしば誤解されるが、同団体は宗教とは無関係である。なお、松下博文氏の緻密な初出誌検証によって旧詩集類と同様、この詩集「鮪に鰯」もほぼ正しく逆編年体(後に行くほど新しい)の組み方となっていることが判明している。
思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」では清書原稿を本文テクストとしており、表記に有意な異同が見られるので以下に全篇を示す。
野次馬
これはおどろいたこの家にも
テレビがあったのかいと来たのだが
食うのがやっとの家にだって
テレビはあって結構じゃないかと言うと
貰ったのかいそれとも
買ったのかいと首をかしげるのだ
どちらにしても勝手じゃないかと言うと
買ったのではないだろ
貰ったのだろと言うわけなのだ
いかにもそれは真実その通りなのだが
おしつけられては腹立たしくて
余計なお世話をするものだと言うと
またしてもどこ吹く風なのか
まさかこれではあるまいと来て
物を摑むしぐさをしてみせるのだ
「だろ」の方が遙かにリアリズムである。]
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