結婚 山之口貘
結 婚
詩は僕を見ると
結婚々々と鳴きつゞけた
おもふにその頃の僕ときたら
はなはだしく結婚したくなつてゐた
言はゞ
雨に濡れた場合
風に吹かれた場合
死にたくなつた場合などゝこの世にいろいろの場合があつたにしても
そこに自分がゐる場合には
結婚のことを忘れることが出來なかつた
詩はいつもはつらつと
僕のゐる所至る所につきまとつて來て
結婚々々と鳴いてゐた
僕はとうとう結婚してしまつたが
詩はとんと鳴かなくなつた
いまでは詩とはちがつた物がゐて
時々僕の胸をかきむしつては
簞笥の陰にしやがんだりして
おかねが
おかねがと泣き出すんだ。
[やぶちゃん注:【2014年6月26日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証した際、ミス・タイプを発見、本文を訂正、さらに注を改稿した。】初出は昭和一四(一九三九)年九月号『文藝』。「定本 山之口貘詩集」では最後の句点が除去されてある。【二〇二四年十一月四日追記・改稿】このバクさんの第二詩集「山之口貘詩集」(昭和一五(一九四〇)年十二月山雅房刊。処女詩集「思辨の苑」の全詩篇五十九篇と、同詩集刊行後に創作した詩十二篇を追加したもの)の新作分を、国立国会図書館デジタルコレクションの原本(左のリンクは表紙。扉の標題ページ。次を開くと、著者近影がある。目次はここからで、最後に『自二五八三至二六〇〇』とある。なお、バクさんの詩集内の配列は「思辨の花」と同じで、最新のものから古いものへの降順配置である。これには、バクさんらしい新しい詩をこそ自分としては読んで貰いたいという詩人の矜持というか、光栄が感じられる。目次の後の標題はここで、奥附はここ)で校訂した。当該部はここ。「とうとう」はママである。]