結婚 山之口貘
結婚
詩は僕を見ると
結婚々々と鳴きつゞけた
おもふにその頃の僕ときたら
はなはだしく結婚したくなつてゐた
言はゞ
雨に濡れた場合
風に吹かれた場合
死にたくなつた場合などゝこの世にいろいろの場合があつたにしても
そこに自分がゐる場合には
結婚のことを忘れることが出來なかつた
詩はいつもはつらつと
僕のゐる所至る所につきまとつて來て
結婚々々と鳴いてゐた
僕はとうとう結婚してしまつたが
詩はとんと鳴かなくなつた
いまでは詩とはちがつた物がゐて
時々僕の胸をかきむしつては
簞笥の陰にしやがんだりして
おかねが
おかねがと泣き出すんだ。
[やぶちゃん注:【2014年6月26日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証した際、ミス・タイプを発見、本文を訂正、さらに注を改稿した。】初出は昭和一四(一九三九)年九月号『文藝』。「定本 山之口貘詩集」では最後の句点が除去されてある。]