飯田蛇笏 靈芝 昭和七年(七十二句) Ⅵ
たちよれば花卯盛りに露のおと
日中の微雨きりきりと四葩かな
[やぶちゃん注:「きりきり」の後半は底本では踊り字「〱」。「四葩」は「よひら」でアジサイ(紫陽花)の異名。「きりきりと」のオノマトペイアが斬新。]
雨に剪る紫陽花の葉の眞靑かな
水葬の夜を紫陽は卓に滿つ
[やぶちゃん注:鬼趣の句である。この「水葬」とは、水を張った平鉢に浮かべた紫陽花の花をかくもイメージしたものか。]
舞踏靴はき出て街の驚破や秋
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「驚破や」は感動詞「すわや」。斬新で面白い句である。]
秋の晝書にすがりたる命かな
すゞかけに秋立つ皇子の輦(くるま)かな
提げし大鎌の刃に殘暑かな
[やぶちゃん注:上五「提げし」は「ぶらさげし」と訓じていよう。]
雲井なる富士八朔の紫紺かな
果物舖雨月の光さしそひぬ
[やぶちゃん注:これは如何なる光景であろう。「雨月の光」の「雨月」は明らかに秋の季語で名月の日の雨で無論、月は顕在的には照っていないのであるが、それはそれで相応の仄かな夜の明るさがあって、夜の果物屋の、それぞれの総天然色の果実の輝きに、それ(幽かな雨月の夜のぼぅっとした夜明かり)を添えているというのであろうか? 梶井基次郎の「檸檬」を偏愛する私は即座にそのような光景をイメージしてしまったのだが……。]

