貘 山之口貘
貘
悪夢はバクに食わせろと
むかしも云われているが
夢を食って生きている動物として
バクの名は世界に有名なのだ
ぼくは動物博覧会で
はじめてバクを見たのだが
ノの字みたいなちっちゃなしっぽがあって
鼻はまるで象の鼻を短くしたみたいだ
ほんのちょっぴりタテガミがあるので
馬にも少しは似ているけれど
豚と河馬とのあいのこみたいな図体だ
まるっこい眼をして口をもぐもぐするので
さては夢でも食っていたのだろうかと
餌箱をのぞけばなんとそれが
夢ではなくてほんものの
果物やにんじんなんか食っているのだ
ところがその夜ぼくは夢を見た
飢えた大きなバクがのっそりあらわれて
この世に悪夢があったとばかりに
原子爆弾をぺろっと食ってしまい
水素爆弾をぺろっと食ったかとおもうと
ぱっと地球が明るくなったのだ
[やぶちゃん注:【2014年6月28日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証済。注の一部を改稿した。】この詩はなんと、昭和三〇(一九五五)年二月特別号『小学五年生』が初出で、二年後の昭和三二(一九五七)年八月二十日附『琉球新報』に再掲されたものであった。思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」の松下博文氏の解題によれば、後に出る「郵便やさん」とともに、『児童向け雑誌から『鮪に鰯』に採用された二作品の内の一篇』で『小学五年生』初出時のタイトルは「バク」であったとある。
「水素爆弾」ウィキの「水素爆弾」及びそのリンク先の記載によれば、人類最初の水素爆弾の実験はアメリカ合衆国によって一九五二(昭和二七)年十一月一日にエニウェトク環礁で行われた(“Operation Ivy”アイビー作戦)。が実施され、続く翌一九五三年にはソビエト連邦が小型軽量化した水爆の実験(RDS-6)に成功したと報じた(但し、この爆発実験自体は実際には水爆ではなかったと言われている)。翌一九五四年には再びアメリカが一連の核実験“Operation Castle” (「羊」作戦)が実施された、その中の一つ“Castle Bravo”、ビキニ環礁で行われたブラボー・ショットにより、実際の大幅な小型化に成功した………
これによって第五福竜丸が
そうして
鮪が被爆し
そうして
ゴジラが生まれてしまったのであった
これは決して冗談や酔狂で言っているのではないのだ
僕は大真面目で言っているのだ
おぞましい原爆や水爆の連鎖に
人類が手を血に染めずにすんだんだったら
ゴジラは生まれずにすんだんだ
バクさんも
ただ
長閑な羊を謳う詩だけを
よめたはずなのだ………]