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2014/03/26

篠原鳳作句集 昭和九(一九三四)年六月



トマト賣る裸ともしは鈴懸に

 

[やぶちゃん注:「裸ともし」は「裸灯し」であろう。ホヤなしのランプかアセチレンか。]

 

太陽を孕みしトマトかくも熟れ

 

灼け土にしづくたりつつトマト食ふ

 

月靑く新聞紙(カミ)をしとねのあぶれもの

 

ルンペンの寢に噴水の奏でけり

 

[やぶちゃん注:以上の二句は『現代俳句 3』とあるが、これは雑誌ではなく、鳳作没後の昭和一五(一九四〇)年に河出書房から刊行された「現代俳句」第三巻のことと思われる。

 鳳作得意のルンペン句。「ルンペン」はドイツ語“
Lumpen”(ルムペン:動詞では「のらくらと暮らす・放蕩生活をする」、名詞では「襤褸布(ぼろきれ)・襤褸服」「屑・がらくた」で、無頼の徒・ゴロツキや広く浮浪者を指す場合には正しくは“Lumpengesindel”(ルムペングズィンデル)と言う)を語源とする。作家下村千秋(しもむらちあき 明治二六(一八九三)年~昭和三〇(一九五五)年)が震災恐慌から世界大恐慌へと続いた経済破綻によって大正末から昭和初期にかけて巷に溢れていた失業者や浮浪者のどん底生活の実態を克明に描いた新聞小説「街のルンペン」(昭和五(一〇三〇)年朝日新聞夕刊連載)が評判となったことから一般に広まった語である(彼の作品は『ルンペン小説』『ルンペン文学』とも呼ばれた)。後半部は茨城県稲敷郡阿見町の公式サイト内「観光」の阿見が生んだルンペン文学の小説家 下村千秋を参照した。]

 

   公園所見

ルンペンの早やきうまゐに夜霧ふる

 

ルンペンに今宵のベンチありやなし

 

[やぶちゃん注:本句も『現代俳句 3』とある。]

 

南風の岩にカンバス据ゑて描く

 

海描くや髮に南風ふきまろび

 

[やぶちゃん注:前田霧人氏の「鳳作の季節」によれば、この句について、『この頃、彼は教師の欠員に伴い、公民、英語以外に図画の授業を受け持つようにな』り、それは『こんな句があるから、新学年のこの四月からのことなのであろう。彼は生徒と一緒に野山に海に出掛け、実に熱心に指導する。その結果、赴任当初の短歌や俳句指導の時と同じように、学校全体が絵に熱中し出す。そして、尚介が幹事となって「宮古中学白陽画会」が出来て、「美術賞」を設け展覧会を催すまでになる。このように、何時でも誰にでも直ぐに火を付ける雲彦であった』として、宮中健(これは下宿の同僚の慶徳健で彼のペンネームとある)氏の「篠原鳳作の印象」から『「天の川」昭和三十六年三月号篠原さんは、下宿では絵も書きました。スケッチブックに水彩といった簡素なものでしたが、トランプを真上から描いたものは、今でも鮮明に頭にのこっています。この構図も感覚も、句につながるものがあると思います』と引用、『雲彦は生徒の前では余り絵を描く姿を見せなかったが、彼にとっては絵画も写真も大いなる俳句の糧であり、人知れず努力を惜しまないのであった』とある。

 

 以上、九句は六月のパートに載る。]

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