大和本草卷之十四 水蟲 蟲之上 蝎 (?)
蝎 日本ニモアリト云蠆ノ類ナリ全蝎ハ全體ヲ用ヲ云尾
ヲ用ルヲ蝎稍ト云其力緊シ本草ニ見エタリ
〇やぶちゃんの書き下し文
蝎 日本にもありと云ふ。蠆〔たい〕の類なり。全蝎〔ぜんかつ〕は全體を用ふるを云ひ、尾を用ふるを蝎稍〔かつせう〕と云ふ。其の力、緊〔つよ〕し。「本草」に見えたり。
[やぶちゃん注:節足動物門鋏角亜門クモ綱サソリ目
Scorpiones の仲間。前項の絡みで附したのであろうが、普通に項として立てられていておかしい。益軒先生! 水族じゃあ、ありまっセン!……まさか……四億六千万年前の古生代オルドビス紀後期に出現してシルル紀からデボン紀にかけて栄えた肉食性水棲動物のチャンピオン鋏角亜門カブトガニ綱 Merostomata(異説あり)†広翼(ウミサソリ)目 Eurypterida のウミサソリってか!?(但し、参照した「サソリ」や「ウミサソリ」によれば、『初期のサソリには海生で鰓を有する等、ウミサソリと共通の特徴を持つ物が存在したことが化石から推測されて』はいるとある。確かに形態的な類似点が多いことからウミサソリが陸に上がってサソリの祖先になったとする説もないことはないが、これには疑義も多いとある)。
「日本にもありと云ふ」不審。現在ではサソリ目コガネサソリ科
Liocheles 属ヤエヤマサソリ
Liocheles australasiae とキョクトウサソリ科マダラサソリ Isometrus maculatus の二種が知られているが、前者は沖縄県八重山諸島に、後者は八重山諸島・宮古諸島及び小笠原諸島に分布するもので、益軒がその事実を認識していたとは思われないし、認識していたとしてもそれを「日本」と果して言い得たかという点でも疑問である(しかも孰れの種の毒性も強くない)。この辺、かなり益軒先生、いい加減に書いている気がする。
「蠆」前項で述べた通り、前項でも引用する「三才図会」にある通り、これはサソリを意味する象形文字である。
「全蝎」現在でも漢方で生きたサソリ(検索によく出るのはキョクトウサソリ上科キョクトウサソリ科キョクトウサソリ
Buthus martensi )を食塩水で丸ごと煮て全一個体を乾燥させたものを「全蝎」と呼ぶ。急性及び慢性の驚風(小児のひきつけ。癲癇の一型や髄膜炎の類い)・卒中・顔面神経麻痺などの痙攣に効果があるとする。
「其の力、緊〔つよ〕し」毒を持って毒を制すという薬法であるから、非常に強力に作用することを言っているのであろう。漢方記載でも過量使用を戒めている。なおサソリ毒は神経のナトリウム・チャネルが閉じるのを遅らせて筋肉の収縮を引き起こす
α-toxin や、同チャネルに作用する(流入を増大 → 興奮を高めるように作用 → 筋肉の痙攣 → 呼吸が出来なくさせる)テイテイウストキシンなど六群に分類される数百種に及ぶペプチド性の毒が知られていると、福岡大学「機能生物化学研究室」公式サイト内の「生物毒」のページにある。
『「本草」に見えたり』「本草綱目」の「蟲之二」の「蠍」に、
古語云、「蜂、蠆垂芒、其毒在尾。今入藥有全用者、謂之全蠍。有用尾者、謂之蠍梢、其力尤緊。」。
とある。]
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