飯田蛇笏 靈芝 昭和七年(七十二句) Ⅰ
昭和七年(七十二句)
伊勢蝦に懸蓬萊のうすみどり
[やぶちゃん注:「懸蓬萊」床の間の壁などにつり下げる形式の蓬萊。蓬萊は原義は中国で東方の海上にあって仙人が住む不老不死の地とされる霊山であるが、本邦ではこの蓬萊山を模った飾りを正月の祝儀物として用いる。その飾台を蓬萊台、飾りを蓬萊飾りという。蓬萊飾は三方の上に一面に白米を敷き、中央に松竹梅を立ててそれを中心に橙・蜜柑・橘・勝ち栗・神馬藻(ほんだわら)・干し柿・昆布・海老を盛って譲葉(ゆずりは)・裏白を飾る。これに鶴亀や尉(じょう)と姥(うば)などの祝儀物の造り物を添えることもある。京阪では正月の床の間飾りとして据え置いたが、江戸では蓬萊のことを「喰積(くいつみ)」ともいい、年始の客に先ずこれを出し、客も少しだけこれを受けて一礼してまた元の場所に据える風があった(以上は平凡社「世界大百科事典」に拠る)。]
山居即事
八重雲に雞鳴くや飾り臼
[やぶちゃん注:「飾り臼」正月に農家では臼に注連縄を張って鏡餅を供えた。]
春の星戰亂の世は過ぎにけり
落木のくだけし地や別れ霜
[やぶちゃん注:「地」は「つち」と訓んじているか。]
禮容をうしなはぬ娘や春炬燵
[やぶちゃん注:「娘」は「こ」と訓んじているか。]
雛まつる燈蓋の火の覗かれぬ
[やぶちゃん注:「燈蓋」は「とうがい」と読み、灯火の油皿をのせる台。くもで・灯架ともいう。]
杣のみち靄がゝりして獵期畢ふ
燒芝や昨日の灰の掬はるゝ
蘖の眼をつく丈や山平ラ
[やぶちゃん注:「蘖」は「ひこばえ」。「孫(ひこ)生え」の意で、切り株や木の根元から出る若芽のこと。余蘖(よげつ)。]
咲きそめし椿にかゝる竹の雨