夜 山之口貘
夜
僕は間借りをしたのである
僕の所へ遊びに來たまへと皆に言ふたのである
そのうちにゆくよと皆は言ふのであつたのである
何日經つてもそのうちにはならないのであらうか
僕も、 僕を訪ねて來る者があるもんかとおもつてしまふのである
僕は人間ではないのであらうか
貧乏が人間を形態して僕になつてゐるのであらうか
引力より外にはかんじることも出來ないで、 僕は靜物の親類のやうに生きてしまふのであらうか
大槪の人生達が休憩してゐる夜中である
僕は僕をかんじながら
下から照らしてゐる太陽をながめてゐるのである
とほい晝の街の風景が逆さに輝いてゐるのをながめてゐるのである
まるい地球をながめてゐるのである
[やぶちゃん注:初出は昭和一二(一九三七)年三月発行の『むらさき』。「定本 山之口貘詩集」では読点が除去されて字空き、また、これは旧全集校異に載らないが、思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」では、第二連の冒頭の一行が、
大槪の人生達が休憩してゐる眞夜中である
と改変されてある。
個人的に好きな詩である。【2014年6月17日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証済。注を追加した。】【二〇二四年十月二十六日追記・改稿】国立国会図書館デジタルコレクションの山之口貘「詩集 思辨の苑」(昭一三(一九三八)年八月一日むらさき出版部刊・初版)を用いて(当該部はここから)、正規表現に訂正した。]