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2014/03/08

耳嚢 巻之八 逍遙卿和歌堪能の事

 逍遙卿和歌堪能の事

 

 ある公卿衆御會(おんかい)の時、山家鳥(やまがのとり)といふ題にて、

  暮近み松吹嵐鳥の聲都にかわる山のおくかな

 逍遙院御覽ありて、此歌は心くだけるとて御直し、

  暮近み松の嵐も鳥の音も都にかわる山の奥かな

 然(しかれ)ども松吹嵐鳥の聲と詠みたく思はゞ、下の句を都にも似ぬ山の奧哉、とありたし。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:前の禅話の最後で『和歌など、題に執着して此病ひ多くあり』とあったのを受けて、そうした題詠の失策の例を挙げて直連関しているのはなかなかに上手いジョイントである。

・「逍遙卿」三条西実隆(さんじょうにしさねたか 享徳四(一四五五)年~天文六(一五三七)年)の号。室町から戦国期の公卿で和学者。内大臣三条西公保(きんやす)次男。応仁元(一四六七)年の応仁の乱の発生に伴い、鞍馬寺へ疎開(乱によって三条西邸は焼失)、文明元(一四六九)年に元服、永正三(一五〇六)年には内大臣となり、後土御門天皇・後柏原天皇・後奈良天皇の三代に亙って仕えたが、後土御門天皇の寵妃や後柏原天皇女御で後奈良天皇生母の勧修寺藤子は義姉妹に当たり、天皇家とは深い縁戚関係にあった。永正一三(一五一六)年に出家(浄土宗)している。飛鳥井雅親(あすかいまさちか)に和歌を学び、宗祇から古今伝授を受け、一条兼良(かねよし)からは古典学を受けるなど、中世和学の興隆に尽くした人物であった。家集に「雪玉集」、日記に「実隆公記」。源氏物語に関しては系図として革新的な「実隆本源氏物語系図」も作っている。

 花も木もみどりに霞む庭の面(も)にむらむら白き有明の月 (「雪玉集」)

以上は講談社「日本人名大辞典」及びウィキの「三条西実隆」をカップリングして示した。

・「堪能」これは本来、「かんのう」と読み、元来は仏語で、よく堪え忍ぶ能力、転じて深くその道に通じていること、また、そうした人を指す。我々が現在、これを「たんのう」と読んでいるのは誤った慣用表現で、こちらは「足(た)んぬ」が音変化したものに「堪能」の字を当ててしまったことによる誤用である。しかも「たんのう」が正しい意味であるところの、十分に満足すること・気が済むこと・納得することの謂い以外に正しい「堪能(かんのう)」の意味と混同されて、やはり技芸・学問などに優れているさまに用いられるようになってしまったために、非常に始末のつかない状態になってしまったというのが真相である。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版でも正しく「かんのう」とルビを振るので、ここでもそう読むこととする。

・「暮近み松吹嵐鳥の聲都にかわる山のおくかな」「かわる」はママ。「くれちかみまつふくあらしとりのこへみやこにかわるやまのくかな」と読むことになるが、岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では、

 庵近み松吹嵐鳥の聲都にかわる山の奥かな

となっていて、これだと「いほちかみまつふくあらしとりのこへみやこにかはるやまのくかな」である。後者の「庵近み」方が私は和歌的であり自然な感じがする。

・「心くだける」「くだく」は他動詞カ行四段活用と思われ、「心」と合わせて用いられ、歌題に拘り過ぎて、あれやこれやと思い悩み過ぎてしまったという謂いで採りたい。

・「暮近み松の嵐も鳥の音も都にかわる山の奥かな」「かわる」はやはりママ。「くれちかみまつふくあらしもとりのねもみやこにかわるやまのくかな」と読む。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では、無論、

 庵近み松の嵐も鳥の音も都にかはる山の奥かな

とある。

・「下の句を都にも似ぬ山の奧哉」再現してみよう。

 暮近み松吹嵐鳥の聲都にも似ぬ山の奧哉

序でに、岩波のカリフォルニア大学バークレー校版に合わせるなら、

 庵近み松の嵐も鳥の聲も都にも似ぬ山の奧哉

となる。「似ぬ」という断固として謂い切った感じが寂寥の深山を伝えて、よく歌を引き締めてはいる。しかしこれは和歌嫌いの私には係助詞の「も」が重なって如何にも五月蠅く、今一つという気がする。

・「とありたし」底本では右に『(尊經閣本「たるべしと可申)』と傍注する。「可申」は「(まうすべし」。因みに岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では、

 然れ共松吹嵐鳥の聲と詠み度思はゞ、下の句を都にも似ぬ山の奧かな。

で終わっている。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 逍遙卿の和歌に堪能(かんのう)なる事

 

 ある公卿衆、和歌吟詠の御会(おんかい)の時、「山家鳥(やまがのとり)」という題にて、

  暮近み松吹嵐鳥の声都にかわる山のおくかな

と詠ぜられた。

 と、逍遙院三条西実隆殿、この和歌をご覧になられ、

「――この歌――出だされし題に、あれこれと思い悩み過ぎてしまわれておじゃる。――」

とてお直しになられ、

  暮近み松の嵐も鳥の音も都にかわる山の奥かな

となさったと申す。そうして、

「――然れども――もし、どうしても『松吹嵐鳥の声』と詠みたく思われるのでおじゃるならば――そうさ――下の句を『都にも似ぬ山の奧哉』となさるれば、よう、おじゃる。」

と仰せられたとか申す。

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