ひそかな対決 山之口貘
ひそかな対決
ぱあではないかとぼくのことを
こともあろうに精神科の
著名なある医学博士が言ったとか
たった一篇ぐらいの詩をつくるのに
一〇〇枚二〇〇枚だのと
原稿用紙を屑にして積み重ねる詩人なのでは
ぱあではないかと言ったとか
ある日ある所でその博士に
はじめてぼくがお目にかかったところ
お名前はかねがね
存じ上げていましたとかで
このごろどうです
詩はいかがですかと来たのだ
いかにもとぼけたことを言うもので
ぱあにしてはどこか
正気にでも見える詩人なのか
お目にかかったついでにひとつ
博士の診断を受けてみるかと
ぼくはおもわぬのでもなかったのだが
お邪魔しましたと腰をあげたのだ
[やぶちゃん注:【2014年6月27日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証により、注を全面改稿した。】初出は昭和三八(一九六三)年三月号『小説新潮』。思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」では清書原稿を本文テクストとしており、有意な異同が見られるので以下に全篇を示す。
ひそかな対決
ぱあではないかとぼくのことを
こともあろうに精神科の
著名なある医学博士が言ったとか
たった一篇ぐらいの詩をつくるのに
一〇〇枚二〇〇枚三〇〇枚だのと
原稿用紙を屑にして積み重ねる詩人なのでは
ぱあではないのかと言ったとか
ある日ある所でその博士に
はじめてぼくがお目にかゝったところ
お名前はかねがね
存じ上げていましたとかで
このごろどうです
詩はいかがですかと来たのだ
いかにもとぼけたことを言うもので
ぱあにしてはどこか
正気にでも見える詩人なのか
お目にかゝったついでにひとつ
博士の診断を受けてみるかと
ぼくはおもわぬのでもなかったのだが
お邪魔しましたと腰をあげたのだ
……このバクさんを……「ぱあではないか」……「たった一篇ぐらいの詩をつくるのに」「一〇〇枚二〇〇枚三〇〇枚だのと」「原稿用紙を屑にして積み重ねる詩人なのでは」「ぱあではないか」……と言ったと心理学者とは……O――あいつかなぁ?……それとも、T――あいつかぁ?……M……S……いやいや、あいつかも? と穿鑿してみるのも、これ、すこぶる心地よいのである……]