明恵上人夢記 36
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一、又、正義房(しやうぎばう)之魂とて、たこの如き躰(てい)の物の生類なるあり。家の中に動き行く。義林房、之を取りて、刀を以てこそげ、なやして池中に投ぐ。其の形、龜に似て、向ひの岸へ行くべしと思ふに、底に沈み了んぬ。
[やぶちゃん注:この夢、フロイト派なら……タコにカメ……にんまりして如何にもな性象徴を持ち出しそうな動物である。……それにしても私も大分、フロイトの呪縛からは解き放たれたらしい。……今日日(きょうび)、そういう解釈への興味がまるで働かなくなっている自分に、ちょっと吃驚しているのだ。……
「又」とあるから、これは前の建永元(一二〇六)年六月十日に「35」夢に続いてみた夢と解釈する。前夢に比して、見た目はかなりグロテスク(断っておくが、私が気持ちが悪いというのではない。一般的に見るならば、である)ではある。仏舎利授受から、モンストロムの寺内侵入である。実に興味深い。
「正義房之魂」不詳。「の魂」とある以上、この正義房という僧は実際に亡くなっているいるということであろう。彼の事蹟が分かると解釈も俄然面白くなるところなのだが。
「たこの如き躰の物の生類なるあり。家の中に動き行く」この謂いはあくまで比喩形容であり、実際のタコを指していない。タコのような軟体動物に似た頭と自由に伸びる複数の吸着するような(後の「こそげ」から。後注参照)触手(手足)を持ったグニャグニャとした形状の(恐らくは「魂」から白みを帯びた)生物で、「家の中に動き行く」という表現からは、その行動性能が恐らく実際の陸揚げしたタコなどよりも遙かに高く速いのだと考えるべきであるそれは一見、まがまがしいモンストロムの姿形である。あくまで「一見」としておくことが夢分析の提要である。何故なら、一貫して明恵はそれを「まがまがしいもの」としては描写形容はしていないからである。寧ろ、「正義房之魂」が「家の中に動き行く」ということの目的を明らかにすべきである。正義房の魂は何かを必死に探しているかのように見えると私は採りたい。明恵は少なくともその傍若無人に這い回る正義房の魂の意図を冷静に捉えんとしていると読むのである。
「義林房」既注。明恵の高弟喜海。単なる直感でしかないが、喜海のこの後の「一見」残忍な行為を見ても、この「正義房」とは、行半ばに先に亡くなってしまった明恵の弟子、この喜海も知っている兄弟弟子なのではなかろうか?
「こそげ」他動詞ガ行下二段活用「刮(こそ)ぐ」の連用形。削る・剥がす・削ぐ。
「なやして」「なやし」は他動詞サ行四段活用「萎(な)やす」の連用形で、①柔らかにする。しなやかにする。②くたくたにするの意。まさにタコ状怪物体に対する処置として相応しい、打って叩いて、ぐにゃぐにゃに打ちのめしたことを指す。
「其の形、龜に似て、向ひの岸へ行くべしと思ふ」ここも興味深い。義林房が打擲して寺の庭の池に投げ込まれたその正義房の魂の変化物であるタコ状の怪生物は、投げ入れられたなり、亀のような形状の生物に変化したということである。これは義林房が打擲した結果として単に「物理的」にそうなったものではない。寧ろ、何らかの大きな別な要因が正義房の魂に与えられたことによって蛸狀形態が亀形態に変化したと読み解かねばならぬ。そして、明恵が――その亀のようなものになったそれが池の向こうに岸へと泳いで行くな――と思ったところが――意に反して――亀化した正義房の魂は池の底へと沈んでしまった――のである。この部分にこそ、私はこの夢の重大な意味が隠れていると読むのである。]
■やぶちゃん現代語訳
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一、また前の舎利の夢に続いて見た夢。
「正義房(しょうぎぼう)の魂と称するもので、蛸の如き形状をなしたるもので、明らかに生きているものが――そこに、いた。――
それが何かを求めるかのように頻りに家の中にしきり動き行く。――
そこで義林房が、これを捕えんとして、へばりついたそれを刀を以って削ぎ剥がし、さんざんに打ちのめした末、庭の池の中へと投げ捨てた。――
見ていると、その投げ捨てられたものは、今はすっかり様子が変わって亀によく似たものに変じていた。
私はそれを見ながら、
『正義房の魂はこれより向いの池の岸へ上がらんと向かって行くに違いない。』
と思ったのだが、亀は――ふっと――底に沈んでしまったのだった。」
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