飯田蛇笏 靈芝 昭和五年(四十二句) Ⅲ
瀧上や大瀨のよどむ秋曇り
庵の露木深く月の虧けてより
[やぶちゃん注:「虧けてより」は「かけてより」と読む。月の満ち欠け(盈ち虧け)の「欠ける」こと。]
霧さぶく屋上園の花に狆
やがて又下雲通る案山子かな
風雨やむ寺山うらの添水かな
[やぶちゃん注:「添水」は「そうづ(そうず)」又は「そふづ(そうず)」と読む。田畑を荒らす鳥獣を音で脅すための仕掛けである鹿威(ししおど)しのこと。「僧都(そうず)」からとも、「案山子(かかし)」の古語「そほど」「そほづ」の音変化からともいう。後には庭園などに設けられてその音を楽しむようになった。秋の季語。参照にした「大辞泉」の「添水」にはまさに本句が例に引かれている。]
月虧けて山風つよし落し水
[やぶちゃん注:「落し水」(おとしみづ(おとしみず))は、稲を刈る前に田を干すために流し出すこと。]
山がつに雲水まじる夜學かな
いくもどりつばさそよがすあきつかな
[やぶちゃん注:私が莫迦なのか、初五「いくもどり」の意が分からぬ。識者の御教授を乞う。]
螽燒く燠のほこほこと夕間暮
[やぶちゃん注:「ほこほこ」の後半は底本では踊り字「〱」。「螽」は「いなご」。「燠」は「おき」で赤く熾(おこ)った炭火。熾火(おきび)。字余りが気になる。「燠」の音は「ウ」であるが、それでは聴いても分からぬ。「ひ」(熾火の火)と訓じているか。]
霧罩めて日のさしそめし葛かな
[やぶちゃん注:「霧罩めて」は「きりこめて」と読む。「罩む」は原義は入れて包むの意で。霧が立ち込めるの意。「葛」は「山廬集」のルビで「かつら」と読んでいることが分かる。蔓性植物の総称。つるくさ・かずらぐさ。]