唇のやうな良心 山之口貘
唇のやうな良心
死ぬ死ぬと口にしたばかりに
そんな男に限つて死に切れないでゐるものばかりがあるばかりに
私にまでも
口ばつかりとおつしやるんで
私は死にたくなるのである
あなたの目は佛檀のやうにうす暗い
蔑視々々と言つて私はあなたの視線を防いでばかりゐるので
あなたを愛する暇が殆どないのでかなしいのである
えぷろんのぽけつとからまつちをつまみ出したあなたの指を見てゐた時からだつた
私は私の良心がもしや唇のやうな格好をしてゐるのではないかとそれがかなしくなるばかりである
だから
愛する愛すると私が言ふてゐるのに
噓々とおつしやるのが素直すぎてかなしいのである
[やぶちゃん注:【2014年月日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証済。】初出は昭和四(一九二九)年八月発行の『原詩』であるが、本誌の詳細は不詳。
原書房刊「定本 山之口貘詩集」では、七行目が、
あなたの目は佛壇のやうにうす暗い
と「檀」を「壇」に訂正、九行目が、
えぷろんのぽけつとから まつちをつまみ出したあなたの指を見てゐた時からだつた
に、十行目目が、
私は私の良心が もしや唇のやうな格好をしてゐるのではないかとそれがかなしくなるばかりである
と字空けが施されてある。
【二〇二四年十月三十一日追記・改稿】国立国会図書館デジタルコレクションの山之口貘「詩集 思辨の苑」(昭一三(一九三八)年八月一日むらさき出版部刊・初版)を用いて(当該部はここから)、正規表現に訂正した。]