杉田久女句集 124 龍胆
好晴や壺に開いて濃龍胆
龍胆や莊園背戶に籬せず
龍胆や入船見入る小笹原
[やぶちゃん注:角川学芸出版二〇〇八年刊の坂本宮尾「杉田久女 美と格調の俳人」に、『龍胆も久女が好んだ花で、門司近くの大里(だいり)の野にこの花を摘みに行った』として、前の二句と、
龍胆の夕むらさきは昃りけり
の句を引く(「昃りけり」は「かげりけり」と読む)。そして、『一句目、気持ちよく晴れた日に、摘んできて活けた野の花が咲けば、家の中にも爽やかな秋の気が満ちてくる。「好晴(こうせい)や」という固い響きの上五は、「濃龍胆(こりんどう)」という古武士のように凛とした花のイメージ、また画数の多い漢字三文字とよく調和している』と、読みを含め、まさに目から鱗の評釈をなさっておられる。なお、大里は現在の福岡県北九州市門司区の地名及び地域名で門司区の南西部に位置する。参照したウィキの「大里」によれば、『九州最北端の宿場町として古くから繁栄し』、『かつては内裏(だいり)であったが、享保年間』(一七一六年~一七三六年)『に大里に変更された』。この旧地名は、寿永二(一一八三)年にこの地に安徳天皇の御所であった柳の御所があったことに由来し、現在、御所神社がある門司区大里戸ノ上一丁目辺りが、その柳の御所の比定地となっているとある。『享保の頃、この地に海賊が出没し、内裏の海に血を流すのは恐れ多いとして大里に変更された』とあり、明治三五(一九〇二)年の明治天皇熊本行幸の際には『御所神社の社殿が明治天皇の休憩場所に使われた。安徳天皇の慰霊が目的だったとされる』ともある。]
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