大和本草卷之十四 水蟲 蟲之上 シマキ蟲
【和品】
シマキ蟲 水中ニ生ス長一二尺色黑シ如絲其大如鬠頭
尾難辨
〇やぶちゃんの書き下し文
【和品】
しまき蟲 水中に生ず。長さ一、二尺。色、黑し。絲の如く、其の大いさ、鬠〔もとゆひ〕の頭〔かしら〕のごとし。尾は辨(わか)ち難し。
[やぶちゃん注:「しまき蟲」の「しまく」は「繞く」で、取り巻く・取り囲むの意。長さが三〇・三~六〇・六センチメートル、黒い糸状で大きさ形状は、丁度、元結(髪の髻(もとどり)を結び束ねる紐・糸の類。古くは組紐または麻糸を用いたが、近世には糊で固くひねったこよりで製したものを用いたから、所謂、閉じ紐の類いを想起すればよい)のようだと言っている。しかも尾が分かり難いと言っているのは、実は頭も分からないということではなかろうか? とすれば、これは全くの細い紐状の蟲である。私はズバリ、真正後生動物亜界冠輪動物上門紐形動物門 Nemertea のヒモムシ類ではないかと思う。記載が少ないのは、人間との関係が無縁であるからで、本類にもよく合致する。問題は多くの種が海産であること(僅かに湿った土壌や淡水中に棲息する種もあることはある)、殆んどが砂浜海岸の砂泥や干潟の泥土内及び岩礁の隙間などの底生であること(僅かに浮遊性の種もいる)で、足に纏いつくような性質はないことである。前の「足まとひ」のような炎症記載があれば、同じ刺胞動物のどれそれが挙げられるが、全く記されていないところからは、そうした傷害は起こさないものと見られる。クシクラゲなどの触手動物ならばそれに合致するが、こんなに細くはなく、逆にもっと遙かに長い個体が頻繁に見られるはずであるから、やはり違う。そうなると、思い切って動物ではないものと考えてみると、「髻」の字が着目されるのである。私が何を想定しているか、もうお分かりであろう。「龍宮の乙姫の元結の切り外し」、最も長い植物和名として知られる――リュウグウノオトヒメノモトユイノキリハズシ――顕花植物(種子植物)である海草の被子植物門単子葉植物綱オモダカ亜綱イバラモ目アマモ科アマモ Zostera marina である。イネ科と同じ草本類で、節のある長い地下茎と鬚(ひげ)状の根を持ったイネに似た細長い葉を持つ、葉は緑色で、先端はわずかに尖り、五~七本の葉脈が先端から根元まで平行に走る、ジュゴンの餌である、そうして何より沿岸の海洋生物の搖り籠となるところのアマモ場を形成するところの、あれである。葉は長さ二〇センチメートルから一メートル、幅は三~五ミリメートルで、まさにこの記載に相応しいのである。特にその断裂したものは私の観察では暫く経つと黒味を帯びてもくるのである。「大和本草」の水草類を見ても、それに同定されるものはなさそうだし、特にここで益軒がこれを漁師の伝聞から綴ったとすれば、決しておかしくないものと思うのである。大方の御批判を俟つ。よろしくお願い申し上げる。]