橋本多佳子句集「海燕」昭和十五年 羅針盤
羅針盤
短艇(ボート)甲板(デツキ)燬(や)くる靜けさ日も航けり
[やぶちゃん注:「燬」は音「キ」で、原義は(つくり)の「毀」(潰す)から焼き尽くすの意である。焼くこと・焼き払うことの意の「焼燬(しょうき)」以外ではあまり見かけない字であるが、烈火などの意もあり、じりじりと焼ける甲板のイメージとして特異的に表現するに相応しい効果的な用字を多佳子は選んでいる。]
羅針盤平らに銀河弧(こ)をなせり
羅針ともり天球銀河の尾を垂らす
海晦くいなづま船橋を透かせり
いなびかり船橋にひくき言いかはす
[やぶちゃん注:二句の「船橋」はルビを振っていないので、一応、「せんけう」と読んでおくが、一句目からは「ブリツジ(ブリッジ)」又は「ブリツヂ(ブリッヂ)」という読みの可能性も排除は出来ない。特に船旅を多く経験している多佳子は「船橋」を「せんきょう」とは呼ばず、「ブリッジ」と呼称していた可能性の方が寧ろ強いと私は思う。]
雷鳴下匂ひはげしく百合俯向く