篠原鳳作句集 昭和九(一九三四)年一月
昭和九(一九三四)年
幕合ひの人ながれくる花氷
花氷藝題のビラを含みゐる
天翔るハタハタの音(と)を掌にとらな
秋天に投げてハタハタ放ちけり
ハタハタの溺れてプール夏逝きぬ
颱風をよろこぶ血あり我がうちに
[やぶちゃん注:この句は鳳作の没した昭和一一(一九三六)年九月十七日から一年後の翌昭和十二年九月発行の『セルパン』に朝倉南男編「篠原鳳作俳句抄」として載ったものの一句。ここに配されている以上は句作データが残るものと思われる。]
*冬たのし
好晴の空をゆすりて冬木かな
好晴の空をゆすりて冬木あり
[やぶちゃん注:前者が昭和九(一九三四)年一月発行の『傘火』の、後者が同年三月発行の『天の川』の句形。「好晴」は「かうせい(こうせい)」で快晴と同義であるが、冬の季語でもあるらしい。余談であるが、同義語でありながら「快晴」が季語だという話は聴いたことがない。如何にも奇怪な話である。これだから有季の非論理性には虫唾が走る。それは伝統俳句の文学性の核心であるなどとというのであれば、後生大事の歳時記は実際の季節や生物生態とおぞましいほどに齟齬する無数の博物学的記載を金輪際やめたがいい。以下、「うたたねや」までの五句は『傘火』に前書「冬たのし」で連作で載ったものである。]
筆たのし暖爐ほてりを背にうけ
室咲や暖爐に遠き卓の上
[やぶちゃん注:「室咲」(むろざき)は盆栽や切り枝を室内の炉火などで暖めて早咲きさせたものを指す。]
椅子の脚暖爐ほてりにそり返る
うたたねや毛糸の玉は足もとに
[やぶちゃん注:以上、十一句は底本の昭和九年一月相当のパートに配されたもの。]