実相寺昭雄 波の盆
14年も前に買っていながら、放置していた実相寺監督の「波の盆」を今夜、何故か初めて封を切って見る気になった。……これは……笠さん畢生の演技ではあるまいか? 黒沢の「夢」なんぞより遙かに笠さんのライフ・ワークと感じた(笠さんの家は私の行き帰りの道の辺にあって、庭で焚火をする笠さんには何度か無言で挨拶をしたものだった。笠さんは映画の中と全く同じようにこの僕にもあの深々とした礼儀正しい挨拶を返してくれたものだった)。そして――加藤治子の何と美しいことか! 武光の曲も実相寺の映像も素晴らしい!……母の命日に呼ばれるように、僕はこの映画に出逢った気がした――ありがとう……母さん……
二伸:
エンド・ロールで撮影の中堀、美術の池谷、記録の穴倉(往年のスタッフ・スチールの彼女はとてもキュートで女優のようだった)と円谷組の名が並ぶのも懐かしい。編集もとっても上手いなぁ、と思ったら浦岡じゃないか、これは上手くて当たり前だわ。
三伸:
昔、私が生まれる前後の話である。
まだ二十代だった若き日の母が、笠さんとすれ違った。
俳優の笠智衆だわ、と思いながらも恥ずかしいので知らんふりして数メートルほど過ぎてから、そっと振り返ってみたら――
――なんと笠さんも立ち止まって、不思議そうに母をまじまじと見ていたそうだ――
(それはその話を聴いていた十代の僕に小津安二郎の映画の中のワン・シーンのように焼きついた。その光景を僕は実際に見た記憶として錯覚して持っているのである)
――思うに笠さんは、母を女優の誰彼と見紛うていたもののように思われる。
(と言ったのは僕。母は笑いながら黙っていたが)
……生前の母が如何にも嬉しそうに話ししていたエピソードである。……そんなことを今朝方、思い出していた。――