杭 山之口貘
杭
一匹の守宮が杭の頂點にゐる
三角の小さな頭で空をつゝいてゐる
ぽかぽかふくらみあがつた靑い空
僕は土の中から生えて來たやうに
杭と並んで立つてゐる
僕の頂點によよぢのぼつて來た奴は
一匹の小さな季節 かなしい春
奴は守宮を見に來たふりをして
そこで煙のやうにその身をくねらせてゐる。
[やぶちゃん注:【2014年6月25日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証した際、ミス・タイプ(というか、「僕の頂點によよぢのぼつて來た奴は」を以下のように訂せずにいた)を発見、本文を訂正して、さらに注も一部改稿した。】初出は昭和一三(一九三八)年三月三十日号『グラフイツク』(第三巻第六号)で発行所は東京市京橋区木挽町の創美社。掲載誌での表題は「守宮」であった旨の記載が思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」の解題にある。
六行目は底本では、
僕の頂點によよぢのぼつて來た奴は
であるが、これは間違いなく原詩集自体の衍字と思われ、昭和一五(一九四〇)年山雅房刊の「山之口貘詩集」(国立国会図書館デジタルコレクションの原本のここ)でも、また原書房刊の「定本 山之口貘詩集」でも、「僕の頂點によぢのぼつて來た奴は」と訂されてある。但し、原詩集を重んじてママとした。
本詩は表記通り、有意に行間が空く。昭和三三(一九五八)年原書房刊の「定本 山之口貘詩集」では、この行空けはなく、最後の句点も除去されている。
また、「定本 山之口貘詩集」では一行目の「守宮」に「やもり」とルビが振られてある。
個人的には「思辨の苑」の中で、一読、忘れ難い、最も印象的な数篇の一つである。
【二〇二四年十一月二日追記・改稿】国立国会図書館デジタルコレクションの山之口貘「詩集 思辨の苑」(昭一三(一九三八)年八月一日むらさき出版部刊・初版)を用いて(当該部はここから)、正規表現に訂正した。]