雲の上 山之口貘
雲の上
たった一つの地球なのに
いろんな文明がひしめき合い
寄ってたかって血染めにしては
つまらぬ灰などをふりまいているのだが
自分の意志に逆ってまでも
自滅を企てるのが文明なのか
なにしろ数ある国なので
もしも一つの地球に異議があるならば
国の数でもなくする仕組みの
はだかみたいな普遍の思想を発明し
あめりかでもなければ
それんでもない
にっぽんでもなければどこでもなくて
どこの国もが互に肌をすり寄せて
地球を抱いて生きるのだ
なにしろ地球がたった一つなのだ
もしも生きるには邪魔なほど
数ある国に異議があるならば
生きる道を拓くのが文明で
地球に替わるそれぞれの自然を発明し
夜ともなれば月や星みたいに
あれがにっぽん
それがそれん
こっちがあめりかという風にだ
宇宙のどこからでも指さされては
まばたきしたり
照ったりするのだ
いかにも宇宙の主みたいなことを云い
かれはそこで腰をあげたのだが
もういちど下をのぞいてから
かぶった灰をはたきながら
雲を踏んで行ったのだ
[やぶちゃん注:【2014年6月27日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証により、注を全面改稿した。】初出は昭和三五(一九六〇)年一月一日発行とある『季刊詩誌 無限』第三号冬季号。前年の昭和三四(一九五九)年十一月二十八日附『沖縄タイムス』にも載るが、実はそこには『転載』注記があり、思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」の解題で筆者の松下博文氏はこの『沖縄タイムス』『への作品掲載は「無限」発行後と推定される。雑誌の発行日と実際の発行期日にズレがあるのはそう珍しいことではない』とある。
ネット上の情報では現在、日本雑誌協会のもとでは週刊誌は十五日先迄、月刊誌は四十日先までの発行日表示を許容するという協定が結ばれているそうで、しかもこうした発行日の前倒しは何時頃から行われるようになったかは不明とあり、また、これは購読者が先の日付のものを欲しがることと、書店からの返品(三ヶ月以内)に対応するためであるともあった。
なお、新全集解題によれば、草稿原稿には『1959.10』のクレジットがあるとある。]