橋本多佳子句集「海燕」昭和十五年 湖畔日記
湖畔日記
郭公を曉にきゝそれより寢き
言とぎれ面夏雲たゞ照るのみ
林中(りんちゆう)夕燒よめる書には來ず
夜草刈蠍(さそり)の星はしづみたり
天昏れて草原いつまでも蒼き
富士薊野のいなづまにかくれなき
寢られねばのいなづまを顏にする
月照りて野の露人をゆかしめず
ひとを送り野のいなづまに衝(う)たれ立つ
虫の聲かさなり四方(よも)の野より來る
露けくて富士は朝燒野にうつす
曼珠沙華吾が疲るゝに炎(も)えつきず
落葉松(からまつ)の散る野の椅子をたゝみて去る
[やぶちゃん注:昭和一五(一九四〇)年七月から八月にかけて多佳子は山中湖畔に避暑した。これらはその折りの詠。]

