雲の下 山之口貘
雲の下
ストロンチウムだ
ちょっと待ったと
ぼくは顔などしかめて言うのだが
ストロンチウムがなんですかと
女房が睨み返して言うわけなのだ
時にはまたセシウムが光っているみたいで
ちょっと待ったと
顔をしかめないでいられないのだが
セシウムだってなんだって
食わずにいられるものですかと
女房が腹を立ててみせるのだ
かくて食欲は待ったなしなのか
女房に叱られては
目をつむり
カタカナまじりの現代を食っているのだ
ところがある日ふかしたての
さつまの湯気に顔を埋めて食べていると
ちょっとあなたと女房が言うのだ
ぼくはまるで待ったをくらったみたいに
そこに現代を意識したのだが
無理してそんなに
食べなさんなと言うのだ
[やぶちゃん注:【2014年6月28日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証済。初出注を追加した。】初出は昭和三二(一九五七)年十月一日附『信濃毎日新聞』。]
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