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2014/03/19

耳嚢 巻之八 盲人頓才奇難をまぬがれし事

 盲人頓才奇難をまぬがれし事

 

 北尾檢校いまだ遊子(いうし)といゝて、唄うたひ三味線など引(ひき)て所々(しよしよ)座敷抔勤(つとめ)しころ、飯田町に住居して、本所邊の出入屋敷へよばれ夜更(よふけ)歸るべき由を申(まうし)ければ、召使中間二人におくらせ、夜更にも成(なり)候間、途中より駕かり贈り候樣との事也。それより柳原通りを歸りけるに、途中にて駕籠を借(かり)けるが、右駕の者、飯田町まではいまだ餘程あり、送りの中間は途中より歸り可然(しかるべく)候、飯田町へ無滯(とどこほりなく)おくり候段、右中間へ駕の者申けるゆゑ、中間は得たりかしこしにて、しからばおくり行(ゆか)んも無益なりとて、右場所より歸りぬ。然るに右の駕の者の樣子、何とも心得がたく、あたらし橋の邊にて、爰らよろしかるべきと、壹人の駕の者申けるを、相棒ささへて、爰は人近(ひとぢか)なり今少し先(さき)可然(しかるべし)との事、何とも心得がたく、必定(ひつぢやう)此駕の者は惡黨にて我を剝取(はぎとる)の輩ならんと思惟して、睡り居候體にて風(ふ)と目覺(めざめ)たる樣子に取(とり)なし、大きに驚き、我等大切の品を落したり、扨いかゞ可致(いたすべき)やと歎息し、こゝはいづ方やと尋ねければ、駕の者新らし橋の由をいゝけるゆゑ、さてさて大儀にはあれど、極(きはめ)ある代(しろ)より增錢(ましせん)をあたふべき間、本所辨天小路邊、かくかくの屋敷へ立戻り呉(くれ)候樣賴みければ、夫はいかなるゆゑと尋ねしゆゑ、晝程右の屋敷へ至り、鼻紙袋を差置(さしおき)たり、鼻紙袋は是非といふにあらず、印形(いんぎやう)をも入置(いれおき)、其外入用(いりよう)の書付類もあり、是(これ)なくてはなりがたし、賴むよし言ければ、駕の者兩人何か相談し、何もかせぎ成(なり)迚、またまたかつぎて、北尾が名指(なざす)屋敷までかき戻し、右屋敷の門をたゝきけるに、内より人出て、何故遊子は今頃歸りしやと尋(たづね)けるゆゑ、大事の事を忘れたりとて座舖(ざしき)へ上り、しかじかの事ゆゑ無據(よんどころなく)立戻りし譯をかたりければ、右屋敷の家來、駕の者へ、遊子は夜もふけたれば此方(こちら)に泊(とまり)候なり、駕貸(かごちん)は可遣(つかはすべし)と申けるに、駕の者、故ありて送りの者より、飯田町へ送りとゞけよとの事請負(うけおひ)たれば、是非飯田町へ送り候由を申(まうし)、合點せざるゆゑ、夫(それ)は心得がたき事なり、此方へ出入の者にて、泊め遣(やり)候を、是非返るべきとの事怪しけれ、全く盲人を捕へ不屆いたすべきしれ者、それ召(めし)捕へよと申けるに驚き、駕をも捨(すて)、駕代をも不請取(うけとらず)、迯(にげ)去りしと語りぬ。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:特になし。

・「北尾檢校」不詳。検校については「耳嚢 巻之二 思はず幸を得し人の事」に既注。

・「飯田町」現在の千代田区の九段下から飯田橋一帯の旧町名。

・「途中より駕かり贈り候樣」底本では「贈」の右に『(送)』と注がある。

・「柳原通り」底本の鈴木氏注に、『神田川右岸、筋違御門(のちの万世橋辺)から』現在のJR秋葉原駅南を経て現在の浅草橋が架かる『下流浅草御門辺までの土手。柳が植えられ、夜鷹が現れるような淋しい道』とある。

・「あたらし橋」底本の鈴木氏注に、『神田川に架かり、柳原と神田久右衛門町をつなぐ。神田川の橋は下流から柳橋、浅草橋、新シ橋、和泉橋、筋違橋、昌平橋、水道橋、小石川橋の順』とある。現在の台東区東神田の美倉橋。

・「ささへて」「ささふ」は「支ふ」で、防ぎ留める・阻むの意であるから、遮って、の謂いであろう。

・「我を剝取の輩ならん」何となく表現がおかしい。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版を見ると、『我を剝取(はぎとる)の心中ならん』で腑に落ちる。これで訳した。

・「風(ふ)と」は底本のルビ。

・「本所辨天小路」岩波版長谷川氏注に、『本所竹蔵の北東、清雲山弁天社前の東西の小路をいう。墨田区本所一丁目』とある。尾張屋版江戸切絵図(嘉永年間(一八四三年~一八五三年)刊)を見ると、同小路近くには大きな屋敷では「向井将監」と「土佐能登守」の屋敷が見える。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 盲人が機転を利かせて奇難を免れたる事

 

 北尾検校殿、未だ遊子(ゆうし)と称し、唄を歌い、三味線など弾いては、所々の御武家なんどの座敷にて、音曲の披露などを勤めておられた頃のことと申す。

 その頃、北尾殿は飯田町に住まいしておられたが、本所辺りの出入りの屋敷へ呼ばれて、夜更けとなって、そろそろお暇せん由申されたところが、召使いと中間の二人をつけて送らせ、

「夜もすっかり更けておれば、途中より駕籠を借りて送るがよかろう。」

との仰せで御座った。

 それより柳原通りを帰って参ったところ、途中にて召使いの者が流しの空駕籠を見つけたによって、主人の命に従って借り受けて、その召使いは中間に見送りを頼み帰って行ったと申す。

 ところがしばらく行ったところで、この駕籠搔きの者が、

「……飯田町までは、これ、いまだ余程、ありやすぜ。……お見送りの方は、これ、途中よりお帰りになられたが、よろしゅうござんせんか?……なに、飯田町へは、これ、儂(あっし)らが滞りなくお送り致しやすんで。ご安心、ご安心。……」

と中間へ水を向けた。

 と、一杯やりとうて、うずうずして御座った中間は『これは、しめた! 渡りに舟じゃ!』と思うと、

「……いや! 確かに! そちらに任せたとなれば、心配も、これ、ない。このまま、ただ添い附きてお見送りせんは、これ、無益なることじゃ。――それでは、宜しゅう頼むわ!」

と、そこより帰ってしもうたと申す。

 ところが、北尾殿、その後、駕籠内より聴き耳を立てておると……どうもこの駕籠搔きの者どもの様子……これ……何とも心得難き怪しきところの御座った。……

 さても、新橋(あたらしばし)辺りにてのこと、

「……さぁて……ここらで……よかろうが……」

と、一人の駕籠搔きが囁くのが聴こえた。

 と、相棒は、

「……いや!……」

と遮る声が微かにし、

「……ここは如何にも……人家に近場じゃ……今少し先が……よかろうぞ……」

と応じるのが、蚊の鳴くように幽かに耳に入って御座ったと申す。

 北尾殿、先程来の様子より、これ、何とも心得難き怪しの話柄にて御座ったれば、

『……これはもう、間違いなく……この駕籠の者どもは、これ、悪党の護摩の灰じゃ!……我らを追い剥ぎせんとの心積もりに、これ、相違ない!……』

と思い至って御座った。

 さてそこで、即座に、

――恰も今まで、ぐーっすりと安眠致いて御座った体(てい)になし

――ふと目覚め

――何かに気づき

――大いに驚き慌てたる感じにて、

「――こ、これは!……いかん!……まずい!……大、変、じゃ!!」

と駕籠内より突拍子もき声を挙げ、

「――わ、我ら!……大切の品を!……落してしもうた!……さてもさて!……一体……どうしたらよかろうかのぅ!……」

と駕籠も揺れんばかりに大きな溜息をついた上、

「――お駕籠の衆!……ここは今、どの辺りで御座るかのぅ?」

と訊ねる。すると駕籠搔きの者は、

「……へぇ……新橋(あたらしばし)で、ごぜやすが……」

と答えるや、

「――さてもさても!……一つ、大儀にては御座ろうが、定めの駕籠賃には、これ、更に加えの増銭(ましせん)をも添えるによって!――本所弁天小路に御座る〇〇の守様の御屋敷へと枉げて、返して下さるまいか!?……」

と切に頼んだ。駕籠搔きは、

「……そりゃ、また……一体、どうなすったんで?」

と訊ねたゆえ、

「――実は今日の昼つ方、かの御屋敷へと至り、財布を置き忘れて御座ったに、今、気がついたのじゃ!……いやいや、財布内にはたかが数十両、これは別にどうということもないはした金なれば惜しくも御座らねど……その内には大事なる印章をも入れて御座っての……その外にも重大な大切なる書付の類いも入れて御座る……これら、なくては、我らの生業(なりわい)、これ、成り難き大事のものじゃ!……どうか一つ、枉げて、立ち戻ること、お頼み申すッ!……」

と懇請致いたところが、駕籠屋両人、何やらん相談致いて御座る風なれど、

「――アイよ! なにぃ! これも稼ぎの内じゃ! 早速、返(けえ)しやすぜ!」

と、またまた担ぎ直すと、北尾が名指した弁天小路のお屋敷まですたこら搔き戻したによって、辿りついた北尾殿は、駕籠搔きに厚く礼を申すと、

「――あいや、暫くお待ちあれ。すぐにとって返し――またゆるりと飯田町まで――お送り願うによっての――」

と告げると、そのお屋敷の門を静かに叩いた。

 内より人の出で来て、

「……遊子殿にては御座らぬか? さても何故に今頃また、お戻りになられたのじゃ?……」

と質いたが、すぐ背後に駕籠搔きの御座ったればこそ、北尾殿は笑顔にて、

「――いやさ! 大事な物を置き忘れて御座ったによって……相い済まぬことにて御座いまする!……」

と、そのまま座敷へと通されたと申す。

 座敷へ上がるや、案内(あない)の者に、

「――いや! 実は……かくかくのこと、これ、御座ったによって、よんどころのぅ――肝の潰れん思いのうちにも、しかじかのこと、これ、仕儀致いて――かくも立ち戻って参った次第……」

と、かかる顛末を語って御座った。

 聴き及んだかのお屋敷の御家来衆、大いに合点致いて、何食わぬ顔にて門前へと出でると、かの駕籠搔きらに、

「――かの者は、夜も更けたによって、此方(こちら)に泊ることと相い成った。――されば駕籠は言いなりの代(しろ)を遣わすによって――さぁて、幾らじゃ?……」
と穏やかに申したところが、駕籠搔きども、

「な、何んじゃて!?……」

「い、いんや!……そりゃ、いけねぇ! いけねよ!……だってよ、故あってよ、お見送りのお方より、あのお人を飯田町へ、きっと、送り届けよと、これ、確かに請け負うてきた者(もん)なんじゃ!……」

「……そ、そうじゃ!……これはよ! だからよ! 是が非でも、飯田町へとお送りせずんばならんのじゃい!!……」

と二人して訳の分からぬ管を巻いては一向に合点致さなんだ。

 されば、それを見た御家来衆、さっと顔色(がんしょく)を一変さするや、駕籠搔きどもをねめつけ、

「――それは心得がたきことじゃ! 当方へ出入りの者にてあればこそ泊めやらんと申しておる! それを、是が非でも帰すべきとの申しよう――これ、大いに怪しき物言い!――うぬら――全く――盲人を捕えて不届きを致さんとする痴れ者じゃな?!――それ! 者ども! 召し捕えよ!」

と内へと大きに呼ばわったによって――

――駕籠搔きどもは、大きに驚き、駕籠をも門前にうち捨てたまま

――勿論、払わんとした駕籠代をも受け取らずして

――這う這うの体にて逃げ去って御座った。……

 

 これは北尾検校殿御自身が、私に語って下すった物語りで御座る。

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