篠原鳳作句集 昭和八(一九三三)年八月
向日葵に吐き出されたる坑夫かな
向日葵に暗き人波とほりゆく
[やぶちゃん注:両句、炭鉱の景であるが場所は不詳。福岡か? 但し、年譜からは彼が福岡に行っているのは前年の八月である(『天の川』発行所及び吉岡禅寺洞を銀漢亭に訪ねている)。このまさに当月である昭和八年八月十五日にも銀漢亭を訪ねてはいるが、この「向日葵」の二句はその八月発行の『天の川』の掲載句で、当時の雑誌発刊事情を知らないが、即吟が即掲載されたとするのは考えにくい。]
大和田やただよひ湧ける雲の峯
[やぶちゃん注:この「大和田」はまず地名とは思われない。当初、「やまとだ」で沖繩(うちなー)に対する内地の大和(やまと)にある田圃の意ではなかろうか、などとヘンテコな解釈をしていた。しかも、この句は八月発行の『泉』の句で彼がこの年鹿児島に帰省したのは八月であるから直近の嘱目吟ではないことになるから望郷吟か? などとホントに半ば真剣に悩んだのである。しかし、如何に続く句群を並べて見ると、そこから見えてくるのはやはり沖繩の抜けるような青い空と「雲の峯」であり、エメラルド・グリーンの海、「わたつみ」であることが分かる。即ち、「大和田」は「おほわだ(おおわだ)」で大海神(おおわたつみ)ということなのであった。我ながらトンデモ逡巡、実に情けない気がした。]
カヌー皆雲の峯より歸りくる
夕凪や海にうつりしひでり星
[やぶちゃん注:「ひでり星」旱星は、旱続きの夜を象徴する如き、妖しい赤く強い光りを放っている星、火星や蠍座のアルファ星アンタレス(中国名「大火」「火」で夏の宵の南天地平線近くに見える)などを指す。私は天文に暗いが、「夕凪」「海にうつりし」からは後者アンタレスかと思われる。なお、言わずもがな――というより――皮肉に言えば「旱星」は伝統俳句では――夏の季語――ではある。
以上二句は「雲彦沖繩句輯」に所収。]
夕凪をかこち合ひつつ濱涼み
濱涼み若人等は夜をあかす
遊女等もたむろしてをり月の濱
遅月ののぼれば機を下りにけり
蟬の音も人なつかしき下山かな
鷄頭燃ゆれど空は高けれど
玉芙蓉折れてしまひし嵐かな
この秋の芭蕉の月の淋しさよ
[やぶちゃん注:以上の三句は編者データによれば昭和八年八月の『久木田みどりへの弔吟』とある。久木田みどりなる女性については不詳。追悼吟を三句残すというのは相当に親密な間柄であったことが偲ばれる。因みに久木田という姓は鹿児島県を筆頭に熊本県や宮崎県に多い姓ではある。二句目の「玉芙蓉」は牡丹(ユキノシタ目ボタン科ボタン属
Paeonia)の園芸品種の名。グーグル画像検索「玉芙蓉 園芸品種」。
以上、十三句は八月の発表若しくは創作句。]