萩原朔太郎「ソライロノハナ」より「午後」(1)
[やぶちゃん注:引き続き、「ソライロノハナ」(昭和五二(一九七七)年に萩原家が発見入手したもので、それまで知られていなかった自筆本自選歌集。死後四十年、製作時に遡れば実に六十余年を経ての驚天動地の新発見であった。「自敍傳」のクレジットは『一九一三、四』で一九一三年は大正二年で同年四月時点で朔太郎は満二十七歳であった)の歌群「午後」の章から順次短歌を掲載する。]
床這ひ行く午後の
日脚をみつめつゝ
悲しき人は何をか思へる
まだ年もうら若きに
[やぶちゃん注:以上は「午後」の標題頁の裏に掲げられている序詩。]
切愛すそのひとことのきゝたさに
あへても死なずありし身なれど
拳もて石の扉をうつ如き
愚かもあへて君ゆへにする
[やぶちゃん注:原本は「拳もて石の扉をもつ如き」、「愚かもあへて」は「禺かもあへて」であるが、以下の先行発表作に基づき、訂した(底本校訂本文も同じく訂している)。朔太郎満二十三歳の時の、『スバル』第一年第十一号(明治四十二(一九〇九)年十一月発行)に「萩原咲二」名義で掲載された歌群の一首、
拳もて石の扉を打つごとき愚(おろか)もあへて君ゆゑにする
の表記違いの相同歌。]
體温機管(つらぬく)極熱を
つめたき手してすかし見る君
[やぶちゃん注:「體温機」体温計。校訂本文は「體温器」と訂している。]
野守等の唄ふをきけば忘れぐさの
きのふ始めて思ひきざすと
[やぶちゃん注:「思ひきざすと」は原本では「思ひざきすと」であるが、意味不明なので、錯字と断じて校訂本文通り、「思ひきざすと」と訂した。]
寢ざめして淋しき夜なり浪の音を
風のやうにもきく明石潟
(明石の宿にて)
西洋の習慣(ならはし)好む君ゆへに
別るゝきはも手を口にあつ
[やぶちゃん注:「ゆへに」はママ。]
我が肺にナイフ立てみん三鞭酒
栓ぬく如き音のするべし
[やぶちゃん注:二首目と同じく、朔太郎満二十三歳の時の『スバル』第一年第十一号(明治四十二(一九〇九)年十一月発行)に掲載された歌群の一首、
心臟に匕首たてよシヤンパアニユ栓拔くごとき音のしつべし
の類型歌。]