表札 山之口貘
表札
ぼくの一家が月田さんのお宅に
御厄介になってまもなくのことなんだ
郵便やさんから叱られてはじめて
自分の表札というものを
門の柱にかかげたのだ
表札は手製のもので
自筆のペン字の書体を拡大し
念入りにそれを浮彫りにしたのだ
ぼくは時に石段の下から
ふり返って見たりして街へ出かけたのだ
ところがある日ぼくは困って
表札を取り外さないではいられなかった
ぼくにしてはいささか
豪華すぎる表札なんで
家主の月田さんがいかにも
山之口貘方みたいに見えたのだ
[やぶちゃん注:初出は昭和三六(一九六一)年十一月号『婦人之友』。「ペン字」の「ン」の字は、表記のように底本ではやや右寄りに明らかにポイント落ちで示されてある。誤植の可能性もあるが、一応、再現しておいた。思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」ではそのような仕儀はなされておらず、普通に『自筆のペン字の書体を拡大し』である。
「月田さん」底本第四巻の辻淳氏の編になる年譜に、昭和二三(一九四八)年三月に戦前の昭和十四年(静江さんとの婚姻後二年目)から勤めてきた東京府職業安定所の職(生れて始めての、そしてただ一度の社会的な意味での定職であった)を退き、文筆一本の生活に入ったとあり、その四ヶ月後に上京(バクさん一家は昭和十九年に茨城県結城の妻静江さんの実家に本人も一緒に疎開、驚くべきことに東京まで四時間近くかけての汽車通勤を戦後も続けていた)、練馬区貫井(ぬくい)町の月田家に間借りしたとある。な、この詩と同じ「表札」という表題を持つ石垣りんの詩(持っているはずの詩集が見つからないので、後藤人徳氏の「人徳の部屋」内の「石垣りんの詩」からコピー・ペーストさせて戴いた)、
表札
自分の住むところには
自分で表札を出すにかぎる。
自分の寝泊りする場所に
他人がかけてくれる表札は
いつもろくなことはない。
病院へ入院したら
病室の名札には石垣りん様と
様が付いた。
旅館に泊まつても
部屋の外に名前は出ないが
やがて焼場の鑵(かま)にはいると
とじた扉の上に
石垣りん殿と札が下がるだろう
そのとき私はこばめるか?
様も
殿も
付いてはいけない、
自分の住む所には
自分の手で表札をかけるに限る。
精神の在り場所も
ハタから表札をかけられてはならない
石垣りん
それでよい。
と、このバクさんの詩を並べて感懐を記された、五十嵐秀彦氏のブログ「無門日記」の「表札の行方」がなかなか面白い。お読みあれ。【2014年6月27日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証済。注の一部に脱字あったのを補正した。】]