紙の上 山之口貘
紙の上
戰爭が起きあがると
飛び立つ鳥のやうに
日の丸の翅をおしひろげそこからみんな飛び立つた
一匹の詩人が紙の上にゐて
群れ飛ぶ日の丸を見あげては
だだ
だだ と叫んでゐる
發育不全の短い足 へこんだ腹 持ちあがらないでつかい頭
さえづる兵器の群をながめては
だだ
だだ と叫んでゐる
だだ
だだ と叫んでゐるが
いつになつたら「戰爭」が言へるのか
不便な肉體
どもる思想
まるで砂漠にゐるやうだ
インクに渇いたのどをかきむしり熱砂の上にすねかへる
その一匹の大きな舌足らず
だだ
だだ と叫んでは
飛び立つ兵器をうちながめ
群れ飛ぶ日の丸を見あげては
だだ
だだ と叫んでゐる。
[やぶちゃん注:初出は昭和一四(一九三九)年六月号『改造』。二年後の一九四一年十二月二十日山雅房(本詩集の刊行元)発行の『現代詩研究第一輯 戦争と詩』にも再掲されている。「定本 山之口貘詩集」では最後の句点が除去されてある。全共闘世代の「詩人」と自称しておられる黒川純氏のブログ「懐かしい未来」の『検閲逃れた反戦の叫び 山之口貘の傑作詩「紙の上」』が、非常に分かり易く本詩の持つ反戦性について語っておられる。必読である。【2014年月日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証済。注を一部追加・改稿した。】
【二〇二四年十一月六日追記・改稿】このバクさんの第二詩集「山之口貘詩集」(昭和一五(一九四〇)年十二月山雅房刊。処女詩集「思辨の苑」の全詩篇五十九篇と、同詩集刊行後に創作した詩十二篇を追加したもの)の新作分を、国立国会図書館デジタルコレクションの原本(左のリンクは表紙。扉の標題ページ。次を開くと、著者近影がある。目次はここからで、最後に『自二五八三至二六〇〇』とある。なお、バクさんの詩集内の配列は「思辨の花」と同じで、最新のものから古いものへの降順配置である。これには、バクさんらしい新しい詩をこそ自分としては読んで貰いたいという詩人の矜持というか、光栄が感じられる。目次の後の標題はここで、奥附はここ)で校訂した。当該部はここから。一部の本文を私がミスしていた。これが、正規表現である。]