萩原朔太郎「ソライロノハナ」より「若きウエルテルの煩ひ」(14)「晩秋哀悼歌」(総てが「ソライロノハナ」のみに載る短歌群) / 「若きウエルテルの煩ひ」了
晩秋哀悼歌
わが夢多き少年の日はこゝに終れり
哀悼歌以後われ長く詩を思はざりき
すべて仇敵たれすべて愛人も
面(おもて)そむけぬ世は劫火たれ
[やぶちゃん注:「劫火」は原本は「却火」。誤字と断じて訂した。校訂本文も「劫火」とする。]
なまじいにつらき御胸をきく日なく
許すべかりしさいはひ人と
[やぶちゃん注:「なまじい」はママ。一首末原本は「さいはひ人ど」であるが、誤字と断じて「と」と訂した。校訂本文も「さいはひ人と」とする。]
いかんせん君に捨てられ思ひ子は
石となりても世にありがたき
君といふつめたく美しき石彫お
女神戀して身はやせにけり
執着の涙ぞせめておん髮に
涙となりても降りそゝげかし
われに一人あめつち代へぬ愛人の
ありて樂しときのふ思ひぬ
何となく美しければ戀しければ
君とよびしを罪ありやいな
火にくべて大方やくに惜しからぢ
いまは要なき歌のすてがら
[やぶちゃん注:「惜しからぢ」はママ。
この一首の次行に、前の「歌のすてがら」の「の」位置から下方に向って、以前に示した特殊なバーが配されて、本「晩秋哀悼歌」歌群の終了を示している。また、これを以って大きな歌群である「若きウエルテルの煩ひ」の章を終わる。
因みに、この最後の「晩秋哀悼歌」歌群は「ソライロノハナ」の中でも数少ない、類似歌稿の存在しない全く新発見の歌群である。]