思ひ出 山之口貘
思ひ出
枯芝みたいなそのあごひげよ
まがりくねつたその生き方よ
おもへば僕によく似た詩だ
るんぺんしては
本屋の荷造り人
るんぺんしては
煖房屋
るんぺんしては
お炙屋
るんぺんしては
おわい屋と
この世の鼻を小馬鹿にしたりこの世のこころを泥んこにしたりして
詩は、
その日その日を生きながらへて來た
おもへば僕によく似た詩だ
やがてどこから見つけて來たものもか
詩は結婚生活をくわへて來た
あゝ
おもへばなにからなにまでも僕によく似た詩があるもんだ
ひとくちごとに光つては消えるせつないごはんの粒々のやうに
詩の唇に光つては消える
茨城生れの女房よ
沖繩生れの良人よ
[やぶちゃん注:【2014年6月26日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証済。注を一部追加した。】初出は昭和一五(一九四〇)年一月新年特大号『中央公論』。原書房昭和三三(一九五八)年刊の「定本山之口貘詩集」では一箇所ある「詩は、」の読点が除去され、九行目の「お炙屋」が「お灸屋」に訂されている(「炙」は音「シャ/シャク/セキ」で「あぶる」と訓ずるものの誤字である)。また、十七行目も「くわへて」を正しく「くはへて」に訂してある。バクさんの妻静江さんは茨城県結城の生まれである。]