萩原朔太郎「ソライロノハナ」より「午後」(5) たそがれ Ⅱ
何やらん我が若者は白壁に
かくれ語りす雪どけの朝
始めての床に女を抱く如き
ものめづらしき不安なるかな
[やぶちゃん注:朔太郎満二十三歳の時の、『スバル』第二年第一号(明治四三(一九〇二)年一月発行)に掲載された連作の一首、
始めての床に女を抱く如きものめづらしき怖れなるかな
の類型歌。]
八疊の柱どけいのちくたくと
母の忍ばゆ家を思へば
春の夜は芝居の下座(げざ)のすりがねを
たゝく男もうらやましけれ
[やぶちゃん注:前に同じく『スバル』第二年第一号に前の一首に続けて載る、
春の夜は芝居の下座のすりがねを叩く男もうらやましけれ
の表記違いの相同歌。]
祭の日寢あかぬ床に寺々の
鐘きく如きものゝたのしさ
[やぶちゃん注:同じく『スバル』第二年第一号に前の一首に続けて載る、
祭の日寢あかぬ床に寺寺の鐘きく如きもののたのしさ
の表記違いの相同歌。]
民はみなかちどきあげぬ美しき
捕虜(とりこ)の馬車のまづみえしとき
[やぶちゃん注:朔太郎満二十三歳の時の、『スバル』第二年第四号(明治四三(一九〇二)年四月発行)に掲載された連作の一首、
民はみなかちどきあげぬ美しき捕虜(とりこ)の馬車のまづ見えしとき
の表記違いの相同歌。]
幼き日パン買ひしに行きしその店の
額のイエスの忘られぬかな
[やぶちゃん注:「幼き」の「幼」の字は原本で「力」が「刀」であるが、誤字と断じて校訂本文同様に「幼き」とした。「買ひしに行きし」の「買ひし」の「し」はママ。校訂本文は誤字(衍字)として除去している。以下の先行作から見ても衍字の可能性が極めて強いが、敢えてここはママとする。前に同じく『スバル』第二年第四号に掲載された連作の一首、
幼き日パン買ひに行きし店先の額のイエスをいまも忘れず
の類型歌。]