飯田蛇笏 靈芝 昭和五年(四十二句) Ⅱ
遠泳やむかひ浪うつ二三段
負馬の眼のまじまじと人を視る
[やぶちゃん注:「まじまじ」の後半は底本では踊り字「〱」。]
匂はしく女賊の扇古りにけり
[やぶちゃん注:「女賊」は「によぞく(にょぞく)」と読むが、老婆心乍ら、無論、女の盗賊のことではない。仏教用語で女性のことを指す。求道心が女色によって損なわれ易いことから賊に喩えた差別表現である。蛇笏真骨頂の妖艶俳句と読めるが、「山廬集」では、
豪華なる女犯(ニヨボン)の扇なぶりけり
が並置(但し、連作かどうかはまた別ではあるが)されており、これが目に入ってしまうとこの扇を持っているのが生臭坊主となって妖艶どころではなくなる。この場合、女犯の句は見ない方がマシという部類に属すといえよう。私も見たくなかった。だからこの読者の方々にもその私の失意をしっかりとお裾分けしておくこととしよう。]
宵盆や幽みてふかき月の水
山川に流れてはやき盆供かな
紫蘇の葉や裏ふく風の朝夕べ
秋口のすはやとおもふ通り雨
佛壇や夜寒の香のおとろふる
飄として尊き秋陽ひとつかな
旅人に秋日のつよし東大寺