飯田蛇笏 靈芝 昭和九年(百七句) Ⅶ
自畫像に月くもりなき窓の夏
暑き日の鑛山見ゆる不淨門
[やぶちゃん注:「不淨門」はどこのそれか不詳。甲府城を調べたが、東北の鬼門に当たる位置には門は見当たらないから違うようだ。鉱山の入り口が見える不浄門――識者の御教授を乞う。]
肌ぬきし母の香しのぶ夜凉かな
[やぶちゃん注:個人的に非常に好きな句である。]
漁舸かへる夏海黝ろむ波濤かな
[やぶちゃん注:「漁舸」は「ぎよか(ぎょか)」と読み、漁師の船の意。「舸」は通常は大きな船を意味する。]
榛の枝を山蛤(あまかへる)おつ泉かな
[やぶちゃん注:「榛」は音「ハン」、落葉低木のブナ目カバノキ科ハシバミ属
Corylus ハシバミ Corylus
heterophylla var. thunbergii を指すが、実は本邦ではしばしば全くの別種である落葉高木のブナ目カバノキ科ハンノキ Alnus japonica に誤って当てる。この光景は光景からすると私は後者と感ずる。
「山蛤(あまかへる)」このルビからは百人が百人、無尾目カエル亜目アマガエル科アマガエル亜科アマガエル属ニホンアマガエル(日本雨蛙)Hyla japonica をいの一番にイメージする(私もそうであった)。ところが「山蛤」という表記がどうも気になるのである。漢語としての「蛤」には蛙の意もあるにはある。しかし日本人が「蛤」と用字した場合、それはまずハマグリを連想するし、しかしそれはどう考えても鮮やかな緑色のアマガエル類には相応しくないと感じるからである(無論、例えばニホンアマガエルが背中側をくすんだ黒っぽい斑模様の灰褐色に変化させることが出来ることは知っているが、それをもって「山蛤」と呼称するとは逆立ちしても思えない)。そこで検索をかけてゆくと、「大牟田生物愛好会
WIKI」の「ヤマアカガエル」の項に、カエル亜目アカガエル科アカガエル亜科アカガエル属アカガエル亜属ヤマアカガエル(山赤蛙)Rana ornativentris を「山蛤」と表記しているのを見つけた。こちらの体色は個体により変異があるものの、緑色やオレンジ色から褐色までさまざまながら、例えばグーグル画像検索「Rana
ornativentris」で見れば、一目瞭然、その強烈な色の違いはグーグル画像検索「Hyla japonica」を見るまでもない。また、「かえる尽くし」という蛙愛好家の方のサイト内に平瀬補世著・蔀関月挿画の名物図会「日本山海名産図会(山蛤捕り)」(寛政一一(一七九九)年板行)が紹介されてあって、そこではまさに「山蛤」で『伊賀の山中でヤマアカガエルを捕えている図』とあり、『江戸時代、アカガエルの「腹わたをぬき干して」薬用として売るため、山蛤(アカガエル)捕りが行われてい』て、『小児の疳や一般の胃腸薬に特効があった』とあるのである。而して「山の蛤(はまぐり)」に相応しいのはどちらかと考えて見ると、私はこの「山蛤」というのはやはりアマガエルではなく、ヤマアカガエルのように思われてくるのである。「あかがへる」と「あまがへる」の表記上の類似性も気になる。暫く大方の御批判を俟つものではある。甲府に於いて今も「山蛤」という表記が生きており、それをどの種に当てているかが分かればよいのだが。識者の御教授を乞いたい。]

