汽車 山之口貘
汽車
汽車はその発着に定刻があるのだ
定刻は即ち約束の筈なのだが
発車はたびたび遅れ
その到着もまた
遅れることたびたびなのだ
人々はそのためにそこに蹲まり
あちらに立ちつくしここにはしゃがみ
腕組みをしたり顎をなでたり
あくびをしながら重たくたむろして
遅れた約束を待ちつづけた
しかし科学的なこの車でも
非科学的な車なのか
遅れることによってはたびたび
約束を破りはするのだが
遅れることによって
約束を果したためしがないのだ
[やぶちゃん注:【2014年7月21日追記:思潮社二〇一三年九月刊「新編 山之口貘全集 第1巻 詩篇」と対比検証済。注を一部追加した。】初出は昭和二三(一九四八)年十一月発行の『日本未来派』(このグループは昔の知人に同人がいたからよく知っているのであるが、この当時の発行所は意外なことに札幌市である)。]