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2014/04/27

耳囊 卷之八 久貝氏狸を切る事 



 久貝氏狸を切る事

 

 牛込に住居せる久貝(くがひ)宗左衞門といへる御番衆、或夜机上にて物書(ものかき)居たりしに、緣側へ上り來る者あり。よくよく是を見れば、振袖の白無垢を着し六十餘りの老女、髮は振(ふり)亂して机前に拜するゆゑ、汝はいかなる者なればこゝに來ると尋(たづね)ければ、是まで御代々顯れて願ひ度(たき)事あれど、恐れ給ふゆゑ其事なし、御身かく强勇に尋給ふなれば、我(わが)願(ねがひ)を申述(まうしのべ)ん事難有(ありがたし)といひて、扨わらは御當家五代以前奧に勤めし妼(こしもと)にててありしが、聊(いささか)の御憤りにて其節のとの手討になして御屋鋪の山へ埋め給ひぬ。數年ふるといへども弔ひ給ふ事もなければ、いまだうかみもやらず、閻浮(えんぶ)にまよふ苦しみたとへん方なし、あわれ法事なして弔ひ給へとの願(ねがひ)也といふ。久貝氏譯聞(きき)て、去(さる)事我知らざれども、あるまじき事にもあらず、しかれども其時妼なるゆゑ振袖も着たるべし、振袖なる女死して年經ぬればとて其如く老ぬる哉(や)、不審至極なりと尋ければ此返答に當惑せし樣子なれば、久貝拔打(ぬきうち)に切付ければ、わつといふて逃(にげ)失ぬ。此物音に居合(ゐあふ)家來ども立出けるゆゑ、斯(かく)の事なり、血道のしたゝりあり尋よと、大勢右のりをしたい搜しけるに、屋敷内不陸(ふろく)にて山あり谷ありけるが、熊笹おひしげる中にて血止りうなる聲しけるゆゑ、夫(それ)といふて引出せしに古き狸なりしと也。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:妖狸譚連発。鎭衞さまは、化け狸がお好き!

・「久貝宗左衞門」底本の鈴木氏注に、『尊経閣本には忠左衛門とある、久貝(クガヒ)は二家あり、忠左衛門系と惣左衛門系である。四谷に屋敷があったのは後者で、正清(マサキヨ)か。安永六年(三十八歳)家督、九百石。八年御書院番』とあるが、岩波版長谷川氏注では同正清としつつ、『安永八年(一七七九)御書院番』とする。このロケーションはは現在の新宿区の北東部、東西線早稲田駅付近と思われる。

・「妼(こしもと)」は底本のルビ。

・「閻浮」閻浮提(えんぶだい)・閻浮洲・南贍部洲(なんせんぶしゅう)で、梵語の“Jambu-dvpa”の音写。仏教で人間世界・現世のことを指す。具体的には世界の中心である須弥山(しゅみせん)の四方にある大陸のうちで南方にあって閻浮樹が生えているとされる地。元はインドを指していた。

・「斯く」底本では右に『(ママ)』注記あり。

・「不陸」不揃いであること、平らでないことをいう。不直とも書く。 

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 久貝(くがい)氏が狸を切ったる事 

 

 牛込に住まいなす久貝宗左衛門と申す御番衆、或る夜のこと、文机にて物書きなど致いて御座ったところが、こんな夜分に、何やらん、縁側へと上りくる物音が致いたと申す。

 よくよくその方を見てみれば、

……これ

……振袖の白無垢を着したる

……六十も過ぎたかと思わるる老婆の

……髪はざんばらに振り乱したまま

……宗左衛門が机の前に

……三つ指ついて

……拝したによって、

「――汝は如何なる者なれば、ここに参ったものか?」

と穏やかに訊ねたところ、

「……これまで……こちらさまには……代々……現われては……如何にしてもお願い致下したき儀の……これ……あれど……今までは例外なく……ただただ我らを見……お恐れなさるる御仁ばかりなれば……その願い……これ……遂ぐること能わず御座いました……が……御身……かく強勇にも……平然とお尋ね下さいましたによって……妾(わらわ)が願い……これ……申し述ぶること……やっと出来まする……在り難きことで御座います……」

と口上を述べた上、

「……さて……妾は御当家五代以前の御奧(おおく)に勤めて御座いましたる腰元にて……さる折り……聊かの御憤りにて……その節のお殿さま……お手討になして……御屋敷内の山へと……秘かに……お埋めになられて……しまわれたので……御座います……もう……あれより……何年も経ては御座いますれど……お弔い下さるということもなければこそ……未だ成仏も叶わず……未練を残したまま……かく……この世に迷うて……その苦しみ……これ……喩えようも御座いませぬ……ああっ……どうか……法要をなして……お弔い下さいまするように……お願い申し上げ奉りまする……」

と懇請致いた。

 久貝氏、この訳を聞くと、

「――ふむ。――今そなたの申し述べたようなることは、これ、我ら、聴いたことは、とんとない。――とんとないが、しかし――我らの知らぬこととは申せ、あり得ぬこととは申せぬ話では、ある。……しかれども……その折りには確かに腰元であったが故に、そのようなる若々しき振袖も着ておるのであろうが……振袖を召したる若き女の……お手打ちになってそのまま死して……年経たればこそとて……はて? 亡者の、そのように人同様に老いるものなので御座ろうか、のう?! ――これ!――不審至極!!」

と、急に険しき顔となって、きつく糾いたところが、老女は、当惑致いては如何にも返答に窮しておる様子なればこそ、久貝、

「エイ! タアッ!」

と、抜き打ちに斬りつけたところが、

「ワアッ! ヅ!!」

と、人ならぬ叫び声を挙げたかと思うと、一目散に庭の奥方へと逃げ失せた。

 この物音に、屋敷内に居合わせておったご家来衆も立ち出でて御座ったによって、

「かくかくのこと、これ、御座ったによって、まずは血道の滴(したた)れるがあろうず! よう調べよ!」

と命じた。

 大勢して言われた血糊をよく搜してみたところが……これ……確かに……点々と……続いておる……

……かの御仁の屋敷内は……これ……はなはだ起伏に富み……小山やら……谷様(ざま)なる所が……これ……多御座ったが……熊笹の……生い茂る辺りにて……この血糊……入り込んで……そこで……終わって……おった。……

……その笹中より、

「――グウゥゥゥ!――グワッ!――」

と、呻り声のして御座ったのよって、

「それッ!」

と掛け声を掛け、鉤ぎ手に引っ掛け、ずずいずいと、引き出だいて見れば……

……これ

――瀕死の古狸にて、御座ったと申す。

 

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